公爵家、朝に全てを知る③
「あぁ、入りなさい」
アーサーが日々の穏やかな安寧を喰らい尽くそうとする愛娘という猛獣の不安の影を振り払うように扉に向かって声を上げる。
静かに開いた扉の先から背筋をピンと伸ばした黒い燕尾服の30代くらいの年若い執事が入ってくる。
「ご歓談中に失礼いたします旦那様。ユーリ・クイン第一王太子殿下がお越しになられおられます」
「殿下が?」
「はい。旦那様にお目通りを望んでおられますので応接室にお通ししております」
後ろに撫でつけた茶色の髪の毛、濃い緑色の思慮深い瞳を鋭く半開きの瞼で隠し恭しく頭を下げたのはランポール家の執事頭であるマース。
家族の団欒を邪魔するのは吝かだし自分の休憩を邪魔されて舌打ちをしたい気分なのだがそれをおくびにも出さず、突然来た後回しには出来ない高貴なるお客様の来訪を告げる。
「まぁ、殿下からわざわざ会いに来てくださるなんて。事件に巻き込まれてしまったクリスティーのことが心配なのね」
「心配は心配なんだろうけど、なにか悪いことをしでかしそうだっていう心配ですよ母さん」
「エルったら……クリスティーが取られそうだからって意地悪を言わないで」
「違いますっ!」
仲良きことは美しきかなと若者達の恋物語にうっとりとするドリーだが、恋愛というよりクリスティアというなにをしでかすか分からない猛獣を押さえようとしている憐れな猛獣使いの気持ちだろうとユーリの心情を的確にエルが表しその幻想を打ち砕くので、ドリーは拗ねたように唇を尖らせお返しにエルの心情を的確に表す。
「分かった、ありがとうマースすぐに行こう。クリスティーも後で来なさい」
「畏まりましたわ、お父様」
アーサーの命に頭を下げるクリスティア。
男同士でする内緒話もあるだろうから三十分くらい後に行くのでいいだろう。
大方において自分のことについて話すのだろう二人の会話を想像しながら執事を伴い部屋を出るアーサーを見送りクリスティアは残りの紅茶をゆっくりと飲み干すのだった。