表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
459/632

犠牲者達の友人②

「当時、30代半ばだった私は婚期を逃し焦りに焦っていました。子爵家の長男と言えば聞こえは良いですが爵位しかない所謂、貧乏貴族。必死に家計を立て直そうと努力し、少しばかり立ち直った頃には私の周りに私と共に人生を歩んでくれる伴侶はおりませんでした。新興貴族も台頭していた時代です。貧乏で優れた容姿でもない歳の過ぎた男の元に嫁いできてくれるような女性は社交界にはおりませんでした。とはいえ私も社交界の女性はどうにも苦手で……そうではない場所でどうにかして知り合いを広げられないかと度々訪れていたのがマディという秘密クラブでした」


 思い出す。

 表向きは古びた安いバーで、軋む木目の床に欠けた椅子や机、安酒を求める労働者達の溜まり場。

 だがカウンターのバーテンダーに合い言葉を伝えると地下へと向かう階段を示されそこを降りると、一転して輝くシャンデリアに靴触りの良いカーペット。

 高価な家具に洗練されたウエイター達が踊るように客をもてなす華やかで豪華な社交クラブが広がっていた。


「まず仲良くなったのはガレス・オクニールといってオクニール家の末の弟でした。当時彼はまだ10代だったのですが博識で愛嬌のある人柄からそのクラブでは有名人でした。そして彼に紹介されて会ったのが兄であるウエイン・オクニール達……例の事件の被害者達です」


 通っている人々は様々だった。

 社交界から爪弾きにされている新興貴族やそういった者達との出会いを求める若く奔放な貴族の娘。

 ギャンブルに明け暮れる爵位の継げない貴族の次男や三男。


 トーマスは出会いを求めていたが、クラブの者達を見て自分のような者が相手にされるような場所ではないと早々に出会いを諦めていた。

 そうして一人、バーカウンターでこれからどうしようかと将来を憂いながら飲むことが多かった。

 適度に騒がしい場所はトーマスの悩み事を少しの間、大した問題ではないかのように思わせてくれたのだ。


 その日もバーカウンターでお酒を呷りながら今後のことをつらつらと考えていた。

 いっそのこと優秀そうな子でも引き取って養子にして爵位を継がせようか、いやでも独り身での養子縁組は難しい……。

 ヴェルグ子爵家はきっと我が代で潰えてしまうのだと、一人寂しく酒を煽りながら、この中に居るギラギラとした新興貴族の中の誰かのように自分の爵位もギラギラとした者達に奪われるのだろうかと……来るかも分からない未来に深い溜息を吐いたところで、声を掛けてきたのがガレスであった。


 ガレスを含めた6人はあの秘密クラブの常連であり、求めているのは出会いでもギャンブルでもなく、クラブの片隅で政治や将来のことについてを真面目に話し合う集まりを開いていた。


「彼らとの話は実りあるものばかりでした。私は爵位を引き継いで暫く経っており年齢も年齢でしたから政治や経済、あとはまぁ貴族社会的なことに関しての知識も多かったものですから、彼らにとっては良き情報提供者だったのでしょう。社交界では皆知っているような話しにも若い彼らにとっては新鮮だったようで……真面目に耳を傾けて真剣な討論をなさっていましたよ」


 トーマスの表情が少し和らいだのはガレスを心から信頼していたからだろう。

 だがすぐにその表情は険しく変わる。


「ガレスくんは人を見抜く目が高かったように思います、けれどそれと同時に人を信じすぎてしまう質でした。彼は優しすぎたのです。それは私や他の者達からの忠告を受けるほどに……ランポール家のご令嬢ならばご存じでしょう?人は変わるものです。信じていても、悪い方向へと変わる者も居るのだということを」

「えぇ、そうですわね」

「でもガレスくんは一度信じたのなら最後まで信じるのが人の道だといって私達の忠告を笑っていました。悪い方向へと行ったのならまた連れ戻せば良いと……優しい、彼らしい言葉でした。ですが結局、私達の忠告が最悪の形で証明されてしまったのです……ガレスくんの死によって。彼の死によって全てが変わってしまったのです、本当に全てが……」


 その死の痛ましさに眉を顰めたトーマスはふうっと深い溜息を吐く。

 本当に深い溜息を。


「ガレスくんの死は彼ら5人に暗く深い影を落としました。それは勿論、私もですが……私も彼らも秘密クラブからは足が遠のき、次に私が彼らの名を見たのはあの事件の記事ででした」

「ガレス様の死は事故だったとお聞きしたのですけれど」

「事故!えぇ、そうです!事故!狩りへと向かう途中で乗っていた馬が暴れて崖下へ転落!部外の者が見れば紛れもない事故だったのでしょう!!」

「ヴェルグ子爵はそうは思われないと?」


 感情を顕わにしてぶるぶると体を震わせるトーマスは全身で、ガレスの事故死に納得していないことを告げていた。


「そうです!私は、ガレスくんはトロワ家の両親に殺されたのだと思っていたのです!」


 両膝の上の両手を握りしめてクリスティアを見たトーマスの茶色の瞳。

 その瞳の中に暗い、黒くて暗い炎が揺らめいている。


 トーマスが何故、新聞記者にランスへの恨みと憎しみを込めた証言をしたのか。

 それが正義であると信じて語った理由はまさにこれであった。


 トロワ家とオクニール家の確執。

 トーマスは、ガレスの仇を取るのだと奮い立ち、あの記事を提供するに至ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ