犠牲者達の友人①
「こ、これはこれはランポールご令嬢、ご令息。このような場所においで下さいまして……その、一体どのようなご用件でございましょうか?」
「突然のご訪問、申し訳ございませんヴェルグ子爵」
ヴェルグ子爵邸は噂に違わず質素な造りであった。
貴族街の中程にありながら庭は邸と同じほどの広さしかなく、その邸も領地に建つカントリーハウスほどの広さはない。
案内された客間には無駄な調度品などは置かれておらず、家具もそれぞれ大量生産品かバザーで売られていた物ばかりだ。
壁に飾られているのは有名な作家の絵画などではなく、自らが行った献身的な奉仕に対する教会からの感謝状やお礼状。
それらがこの邸で一番の高級品であるかのように額縁に飾られていた。
50代前半の中肉中背、袖の解れた濃い茶色のシングルジャケットから覗く手にハンカチを持って薄い頭皮から溢れる汗を拭ぐい現れたトーマス・ヴェルグは有名な慈善家であった。
贅沢を好まず、教会の奉仕活動に熱心。
領地が潤っても税収を上げることはせず、余分な収入があれば教会もしくは孤児院に寄付をする。
貴族間の関わりよりも世間との関わりを重要とする彼は、ランポール姉弟の突然の訪問に戸惑いを見せていた。
娘が令息と同級生だとしても自身の身分とは天と地ほどの差がある人達、しかもトーマスはパーティーなどで公爵家と積極的に関わったこともない。
まさか学園で娘がなにか失礼なことでもやらかしたのか。
正義感が強すぎるところが玉に瑕の娘であるが真っ直ぐに心優しく、品行方正に育ててきたはずなのだが……。
いや、なにかがあったにしてもそれは誤解に決まっている。
娘を守るためならばなんでもしようと、姉弟の訪問にビクビクと怯えながらも、毅然と振る舞おうと引きつった微笑みを携え背筋を伸ばすトーマスだったが、突然思わぬ方向からバンッと机を叩いた音に驚きで肩を跳ねさせる。
「お父様最低だわ!」
「こ、こらリラ。何故そんな大声を出すんだ、失礼だ……ろう」
娘のために奮い立つ父の気持ちなどお構いなしに、一人娘であるリラ・ヴェルグはオフホワイトのドレスから覗く足で床を踏みつけ立ち上がると、肩までの癖毛を逆立てながら紫色の瞳で父親を睨みつけ、わなわなと震える手で持っていた新聞記事を彼に突きつける。
その新聞記事にトーマスの顔は一気に青くなる。
「ど、どうしてこれを!?」
「クリスティー様が今、こちらの事件をお調べになられているのよ!こんな下劣で卑怯な証言をなさっていただなんて!お父様がいつも私におっしゃっている、真実を偽りで穢す者は愚か者の証拠であり恥ずべき行いだという言葉は偽りでしたのね!友人であるのならばそこにある真実を見て、相手を慮る行動を取りなさいとそうおっしゃられていたのに!信じられないわ!お父様こそが愚かで恥ずべき存在じゃない!軽蔑するわ!」
トーマスと同じく献身的な慈善家であるリラから真っ直ぐに浴びせられた罵声にフラフラと床に膝を突いたトーマス。
トーマスは慈善家であると同時に愛妻家であり愛娘家でもあるので、娘からの怒りを込めた激しい言葉はその身を貫く槍であっただろう。
「まぁ、リラ様。そのようにお父様をお責めにならないでください。人にはそれぞれに事情というものがございます。ヴェルグ子爵にも当時なにかしらのご事情がおありでしたのでしょう。そうではなくて?」
「クリスティー様!お優しいお言葉には感謝いたしますが、事情があったのだとしても許されるものではございませんわ!」
慈悲深き天使のようにリラを諭すクリスティアだが、この記事をリラに見せたのは彼女である。
だが娘に嫌われてショックを受けるトーマスには庇うような言葉を投げかけてくれた彼女が今、救いの女神のように見えていた。
「す、すまないリラ……お父様は愚かだったのだ……お母様に出会う前の私は全てを羨み、恨む愚かな男だったのだ」
「よろしければどうしてこのようなことを記者へと話すに至ったのか、お話しをお伺いしてもよろしいでしょうか。この事件で心を痛めておいでなのはヴェルグ子爵だけではございません……わたくしの依頼人も大変にお心を痛めておいでなのです」
優しく諭すクリスティアに娘をちらりと見たトーマス。
リラのその瞳の中に全ての真実を白状しなければ絶対に許さないという怒りの炎が燃えたぎっている様を見て、沈黙を選ぶことは出来ないと悟る。
だが語るに聞かせるにしても……娘の前で話すことではない。
どうすれば良いのかとトーマスが考えあぐねていれば、クリスティアがエルへと視線を向け、その視線を受けたエルは小さく頷く。
「リラ嬢。よければ庭園を案内してくれませんか?」
「ですが……いいえ、分かりました。お父様、クリスティー様に包み隠さず全てをお話しくださらなければ絶対に許しませんからね!」
エルに誘われて瞬間、戸惑うリラだがすぐにその意図を感じ取り不承不承ながら納得した様子で頷くと、声音に怒りを滲ませながらエルにエスコートされ出て行く。
その出て行く後ろ姿を見て、安堵したトーマスはソファーへと座ると罪を懺悔する告解者のように肩を縮めてクリスティアへと語り始める。




