行方知れずの遺書②
「ほどんどがゴシップ誌のネタですので事実かどうかは怪しいところですけど」
エルが呆れたように肩を竦める。
ああいうところの記事は事実よりも面白ければなんでも良いと、経験上よく知っているのだ。
「事実なのか、それを脚色したのかは詳しく調べないと分からないね。ねぇ私、苺のケーキ食べてもいい?」
「えぇ、勿論よ。一つと言わずに何個でも。ショーケースにあったケーキを全て買って来たのだから遠慮しないで、ご両親にも持って帰ってあげて。ここはショコラケーキも評判だそうよ」
すっかりケーキに向かうアリアドネの意識は、二個のケーキプラスお土産も勧められて、瞳を輝かせる。
その可愛らしい姿を見てクリスティアは頑張ってくれているのだからと苺とショコラのケーキを皿に取り上げるとアリアドネの前へと置く。
「ロベールの情報と照らし合わせれば、ランス・トロワは神父になる予定だったこと、アルスト・サンドスは女性関係が派手だったこと、ウエイン・オクニールの弟が亡くなっていること、現場がドレット・モスマンのレストランだったこと、ヴィネア・レグラスの主演舞台があったこと……これは事実でしょう。チーズケーキだけいただくから残りは持って帰ってねアリアドネさん」
「うん!」
苺のケーキを頬張りながら染み渡る糖分に頷くアリアドネ。
クリスティアが皿に取ったチーズケーキはエルへと差し出される。
入れた紅茶と交換するように差し出されたそれを嬉しげにはにかみ笑い、エルは受け取る。
エルはチーズケーキが一番好きなのだ。
「5人は秘密クラブで親しくなったようだから、遺書をお持ちだというご友人も同じように出入りしていたかもしれないわ。出入りしていた人でないにしても……きっとそこを辿ればランス・トロワの遺書の行方を知る者を追えるはず。記事で彼に関して多く証言なさっている友人の名を上げてくれるかしらミサ?追想、美談、中傷も含めて全て」
「畏まりました!」
「中傷も調べるの?」
「えぇ、残された者が彼らの突然の死に憤りを感じていれば……抱いていた好意は裏切られたという敵意へと変わるはずだから」
ミサがこめかみを押さえてうんうん唸りながらライブラリーの中からクリスティアが言っていたランス・トロワについて証言している記事だけをボードに浮かび上がらせる。
好青年だった。
奉仕活動に熱心だった。
悩んでいるようには見えなかった。
善人ぶっていた。
治安の良くない裏路地で見たことがある。
証言の殆どが匿名ということもあって、思ったよりかは少ないが、それでも数名の名が上がる。
「でもこういった証言をする友人って大抵大した友人じゃないから期待できないんじゃない?」
「そうですね、彼女の言う通りだと思います。本当に信じ合う友人同士ならばまず他の友人やご遺族のことを考えて、なにも話さないでしょうし」
「ですがそこから話を聞けば、遺書を持つ真実の友人に辿り着くはずですわ。あら、この方……エル、あなた確か同級生に同じ姓の方がいらっしゃいましたわよね?」
「えぇ、確かにいます」
連ねられた名の中の一人に、クリスティアの知っている姓がある。
ご丁寧に爵位まで告げている彼は、秘密クラブのこと、ウエイン・オクニールの弟の事故の件をペラペラと執拗に話している。
特に、ランス・トロワに対しては個人的な恨みでもあるかのように多くのことを語っている。
それは酷く、感情的に、攻撃的に。
自らの身分によってこれが真実であるかのように語っているのだ。
余程の憤りを抱えていたに違いないその証言の主はエルの同級生に同じ姓の娘が居る。
エルは意外だと少しばかり驚く。
彼女の父親は奉仕活動に熱心な人であり、このような醜悪な人の噂や記事を最も嫌うようなタイプであったはずだ。
ランポール家の養子であるエルを偽物だと嘲った同級生達を真っ先に非難したのはその彼女であったし、真実を偽りで穢す者は愚か者の証拠であり恥ずべき行いであるというのが父の教えだと彼女が言っていたはずなのだが……。
このゴシップ誌に提供された証言を見れば、その語られている全てが真実とは正直言い難く、まさに恥ずべき行いだと思うのだが。
「でしたらまず、この方にお話しを聞いてみましょう。詳しく事情を知っているようですし、記者にお話しをされるくらいなので口も軽いことでしょう」
ニッコリと口角を上げたクリスティアの笑みは決して楽しんでいるときの笑みではない。
意地悪をするときの笑みだ。
クリスティアはお喋りな人は嫌いなのだ。
表では清廉であるかのような仮面を被り、裏では別の卑劣なる仮面を被る、そして事件にもならない無駄な噂話を広められることをクリスティアは大いに嫌うのだ。
あぁ、勇敢なる娘の憐れなる父親はこれから容赦なく追い詰められるだろうことに……エルは少しばかり同情するのだった。




