対人警察の捜査③
「アルスト・サンドスは侯爵家の次男で、両親は嘆き悲しんでたよ。アルストをもの凄く可愛がってたようでな、ほら問題がある子ほど可愛いって言うだろ?でもな、一緒に居た兄に向かってどうして死んだのがお前じゃないんだって怒鳴ってて見てられなかったよ。とはいえその兄は実に貴族らしい男でな、冷静というか冷酷というか……弟が死んだと聞いても、母親に激昂されても眉一つ動かさない。それどころか自殺という不名誉から弟の死には関わりたくなさそうだった……確か、葬式も侯爵家の割りには質素で、密葬みたいな形だったな」
サンドス家ならばクリスティアもパーティーで何度か顔を合わせたことがあるので面識がある。
確か前侯爵は再婚であり、前妻の子が今、爵位を引き継いでいるはずだが……それがその兄なのだろう。
パーティーでも品格のある貴族としての態度を崩さなかったとクリスティアは記憶しているので、弟の死に対してもそのような態度であったとしても不思議ではない。
「ヴィネア・レグラスは子爵家だったが、貴族というには名ばかりで、使用人も雇えないほどの貧乏生活をしていたようだった。両親はそれなりに嘆き悲しんでいたが……ヴィネアに随分と金をつぎ込んでいるみたいで、それを回収出来ないことを嘆いていたようにも見えた。女優としてこれから稼いでくれるかもしれない娘に期待していたのかもな。年の離れた妹が居たが……ショックは受けていたが同時に怒ってもいた。ずっと自分勝手だったと、死ぬのも自分勝手だなんてと感情を顕わにしていた。近所からも二人が言い争う姿をよく見られていたらしいからあんまり仲が良い姉妹ではなかったんだろう」
それでもそう怒りながらも涙を流していた妹の姿をヘイリーは覚えている。
嫌いや好きだという感情だけではない、複雑に絡んだ感情がこの二人の姉妹の間にはあったようだった。
「ドレット・モスマンは孤児で親類が居なかったから孤児院の院長に話を聞いてみたが、良い子だったと泣くばかりであまり話にはならなかったな……あとは何人かの連んでいた連中にも話しを聞いてみたが、悪い話ばっかりで正直その死に同情はしなかった。ま、最後には孤児院の院長が遺体を引き取ってくれたから共同墓地に行かずに済んだのが奴の救いだろう」
憐れには思わなかった。
いずれ天罰が下るような人生を送ってきている男に湧く同情心など、ヘイリーは警察官として持ち合わせてはいなかった。
「ウエイン・オクニールの家族は平民街で用心棒を生業にしていてな、腕が立つってんで行商人達からは評判が良かった。話を聞いた親類縁者や友人、仕事仲間達はウエインが死んでこの世の終わりのような衝撃を受けていたよ。泣くし喚くし死んだことを認めずに俺達に喰ってかかる奴もいたさ。死んだ5人の中じゃ、コイツの話を聞くのが一番厄介だった。聞き込みを行う人数も多い。仲間意識が強いから話をすることを渋る。片や元気だった、片や落ち込んでいたと証言もバラバラで……誰一人として参考にはならなかった。だがこいつの父親だけは妙なことを言っていた」
「妙なこと?」
「あぁ、事件が起きて息子が他の者達と一緒に亡くなったという話をしたら……息子はランス・トロワを殺したのかそれともドレット・モスマンを殺したのか?と聞いてきたんだ」
「ドレット・モスマンを?」
深く頷いたヘイリーにクリスティアは訝しむ。
ウエイン・オクニールが亡くなった弟の件でランス・トロワを恨んでいたというのは周知の事実だった、周囲に殺してやると言っているくらいだから。
だから彼を殺したと勘違いをするのならば納得が出来る。
だが何故ドレット・モスマンの名も出てきたのか。
ロベールの話しではウエインが恨んでいたのはランスだけのはず、ドレットへは一体……なんの恨みがあったのか。
「何故そうお話しになったのか、理由をお聞きになりましたか?」
「聞いたがなにも話さなかった。父親の口振りでは息子がランスもしくはドレットを殺して自らも死んだんではないかと疑っている様子だった。だから最初、警察はウエインを容疑者として調べてみたんだが……ウエインはランス以外にはなにかの恨みを抱いてるっていう話は一つも出てきやしなくてな、父親が何故ああ言ったのかは分からんままだった。結局、ランスの遺書が出て来て集団自殺だとなり、その報告をしに行ったときには、父親は納得していない様子だったが……その死を受け入れていたよ」
思い出すように顎を撫でながらヘイリーは語り終わる。
ウエインの父親は確実になにかを知っていた。
一体それがなんなのか、クリスティアは非常に興味を惹かれる。
「畏まりました。ありがとうございます伯父様。とても助かりましたわ」
「お前の役に立てたのなら良かった……が、次は事件もなにもないときにただ俺に会いに来てくれると嬉しいな。伯父さんはエルにも会いたいぞ」
「伯父様がお仕事を溜め込まずに終わらせてくださっているのならばいつでも、喜んでエルと共に参ります。秘書官様をあまり困らせないであげて下さいね」
「うっ、善処する」
グスンと泣き真似をするヘイリーの痛いところをついたクリスティアからの一撃に、涙は引っ込む。
だがどうも書類作業は苦手なのだ。
適当にサインするわけにもいかない残された山のような書類達を思い憂鬱になりながらも、可愛い姪っ子との束の間の休息をヘイリーは楽しむのだった。
 




