対人警察の捜査①
クリスティアが対人中央警察署へと赴いたのは太陽が真上を少し傾いた頃だった。
多くの者達が出払っていて静かな署内。
見知った刑事達も今日は居ないらしく、クリスティアが受付で用件を伝えればその言伝を聞いた相手がドガドガと足音を響かせながら階段を駆け下りてくる。
姿を現したのはクマだ。
クリスティアの姿を見て青い瞳をキラキラと輝かせた白いシャツに黒いズボンを身に纏った金髪のクマ。
「クリスティー!我が愛しの姪っ子よ!」
「突然お伺いして申し訳ございませんヘイリー伯父様、お忙しくはなかったかしら?」
「忙しくなんてあるものか!お前が来てくれたなら事件解決なんて後回しだ!」
「まぁ、伯父様ったらそれはいけません。事件を優先してくださらなければわたくし今すぐにでも帰り、お仕事中は二度と参りませんわ」
「じょ、冗談だよ!冗談!事件解決が第一優先!あはは!」
クリスティアに咎められしどろもどろになったこのクマは、対人中央警察署の署長であり、クリスティアの伯父であるヘイリー・バントリ。
190センチ以上ある大柄で筋骨隆々な体を精一杯に小さく縮めると弁明するように、誤魔化すようにクリスティアを抱き締める。
端から見ればまさに、少女が森のクマに襲われている様である。
「ならば結構ですわ。お忙しくなければご一緒に昼食をと思っているのですけれど、問題はございません?」
「なんの問題もないに決まってるだろう!」
息を切らせて後を追ってきたヘイリーの秘書官が頭を左右に振っている。
忙しくないわけがない事件はあっちこっちで起きているのだ!あれもこれも署長の印が必要な書類が山のようにある!
だが姪っ子との食事に浮かれているヘイリーの優先事項は事件ではなくやはり姪っ子になるのだ。
「秘書官様、伯父様をお連れして問題はございません?」
「……えぇ、大丈夫ですよクリスティーお嬢様」
問題大ありです!なんて叫んだ日にはこの首にあの筋骨隆々な腕のヘッドロックかラリアットが飛んでくるにきまっている。
細身の秘書官は壁へと吹っ飛ぶだろう。
クリスティアに抱きついてバレないように秘書官へと睨みを効かすヘイリーに、頷くしかなく。
溜息交じりに許可を出す。
帰ってきたら椅子に縛り付けてやる。
クリスティアを連れだって浮かれきって出て行くヘイリーの後ろ姿を見つめながら秘書官は、鎖を用意しよう獰猛な獣を押さえ込める頑丈な鉄の鎖を今すぐにと誓った。
「伯父さんは悲しいよクリスティー」
クリスティアが予め予約を取っていた近くのレストランの個室。
和やかな歓談から一転して、悲痛な声をヘイリーが上げたのは、クリスティアが今、自分が解決しようとしている事件の話を始めたからだった。
クリスティアの話を手を上げて制したヘイリー。
背中を丸めて唇を突き出すとフォークで皿の上のキッシュを突っつく。
「お前の口からは事件、事件、事件、事件!いつだって事件の話しばっかりだ!事件がなければ会いに来てくれないのか?伯父さんは事件の話しなんかよりドリーやお前、そしてエルの近況を聞きたい!そして出来ることならばアーサーがドリーと離婚する決定打が欲しい!」
「まぁ、そのように拗ねないでください伯父様。お行儀が悪いですわ。あとお父様とお母様は深く思い合っているのですから、いい加減お認めになってください」
山積みの仕事を思いながらも引きつり笑いでヘイリー達を送り出した秘書官が、ただ純粋に会いに来たのではないクリスティアにそら見たことかと高笑いするだろう。
確かに、クリスティアがヘイリーに会いに行くときは大抵事件に携わっているときだ。
というかそれ以外では仕事の邪魔をしてはいけないという配慮から会いに行くことはない。
クリスティアが顔を覗かせれば仕事そっちのけで構うヘイリーの態度にも問題があるのだ。
「ですがこれは重要なことなのです伯父様。憐れな恋人達の未来がかかっているのです」
都合の良い伯父だよ俺は……っと拗ねるヘイリーに申し訳なさげに眉尻を下げながら懇願するクリスティア。
伯父の良心を抉るその懇願に満ちた緋色の眼差しに一つ溜息を吐いたヘイリーは渋々ながらも頷く。
「それで?なにを聞きたいんだ?」
「23年前にレストランで起きた集団自殺事件のことを。事件を扱った新聞記事に伯父様のお姿があったのを見付けました」
「……あぁ、これか」
影のようにクリスティアの側に居るルーシーが差し出した新聞記事。
そこには確かに、制服姿のヘイリー・バントリが厳めしく睨みを効かせ立っている。
「懐かしいな、人手が足りないってんで駆り出されたんだ。暫く担当にくっついて俺も事件の捜査に加わってたよ」
なんでこんな昔の事件を……。
訝しむヘイリーにクリスティアは続ける。




