新聞記者の取材②
「それで?俺になんの用だ?生憎と俺には今、金が無くてね。ゴシップネタ上等。あんたみたいな高貴な身分の者がこうして俺みたいな奴と会っていたってだけのネタを欲しがる奴はごまんといるぜ?」
真実を織り交ぜた嘘っていうのは見抜かれづらい。
ドカリとクリスティアの向かい側の椅子に座り、尊大に腕を組んで警告と共に警戒をするロベール。
そんな姿を見てクリスティアが白いテーブルクロスの上に置かれた小さな金色のベルを鳴らせばウエイター達が現れ、ロベールの前にだけ豪勢な朝食が運ばれる。
「まぁ、ロベール。そのように自らを卑下するのはお止めになって、あなたの灰色の脳細胞はいつだって偽りを暴くために働いていると、わたくし存じております。わたくしの記事の件は未来ある作家がその芽を絶たれるかもしれない状況であなたが道化を演じたのだと理解しておりますわ。勘の鋭いあなたがそれがどういう意図を持って持ち込まれた情報であるのかを気付かないなんてあり得ません。それにわたくしが関わっているのならば必ず事件を解決するとも理解をしてあのような記事をだしたのでしょう?それはつまりわたくしがその作家を救うだろうという、あなたからの信頼だと受け取ったのです。さぁ、過去のことなど忘れて食事をしながらお話しをいたしましょう」
「ちっ……なにを言ってんだか分かんねぇよ」
素直ではないロベールだがそれが真実なのだろう。
こうやって人の心を無粋に暴くから、クリスティアという少女は苦手なんだと言いたげに口をへの字に曲げながらロベールは並べられた一流の食事へと視線を向ける。
殺気立つルーシーが朝一番からアパートへ乗り込んで来たお陰で朝食を食べていない。
というかギャゼを辞めてからまともな食事をしていない。
全力疾走をしてお腹も心もぺこぺこなのでロベールの喉が自然とゴクリと鳴る。
「お飲み物はワインでよろしくって?ホメロス地方のワインがお好みでしたわよね」
「ぐっ!」
もう一度鳴らされたベルと共にワインボトルを持ったソムリエがニコニコと現れる。
これ見よがしにラベルをロベールに向けているのはその地方で最高級品のワインの銘柄を見せつけるためか。
クリスティアという対価を求める悪魔が準備したワインに料理。
なにを求められるかは分かったもんではないが、この最高の食卓にはなんらも罪は存在しないと、ロベールがフォークへと手を伸ばすと同時にワイングラスへと美しき緋色の液体が注がれる。
ふわりと室内へと香るその滅多と嗅ぐことの出来ない芳醇な香り。
この身を癒やすその香りに全ての警戒心は解け、朝っぱらから追いかけっこをさせられた恨みはどうでもよくなったところで、クリスティアが手を上げてソムリエの退出を促し、ソムリエはロベールの前にワインボトルを置いて去って行く。
「それで?俺になんの用だよ。生憎と俺はあんたの言う正しい情報を正しく扱えるほど信頼のできる相手じゃないぜ?」
「死の円卓という事件。年若きあなたが最初に担当した事件の記事です」
「げほっ!ごほっ!」
欲望に負け、グラスへと手を伸ばし一口、緋色の液体を飲み込んだところで、机の上を滑るように差し出され新聞記事。
自分がまだ若い頃に燃え上がるような情熱を持って担当した事件の記事。
思いがけない事件の名に驚いて、ロベールはワインの味を味わうより先に驚きでそれを飲み込むと激しく咳き込む。
「なんで、んな昔の事件を……」
「わたくしの灰色の脳細胞を必要とする依頼があった、ということだけお伝えさせていただきます。この事件について詳しくお聞きしたいのです」
随分と過去の事件を引っ張りだしてなにを聞きたいと言うのか。
確かにこの事件はロベールの中で少しばかり引っかかりのある事件ではあったが……。
だがこの事件の結末はなにをどう調べたところで自殺。
クリスティアが興味を惹かれるような……怪しき謎を持つという事件ではない。
素直に口を割るにしては……死んだ方法が方法なので憚られる。
しかも聞き出そうとしているのは年端もいかない少女だ。
公爵家からの厳たる抗議が今度はロベール個人にきそうで、記事のことを聞かせてもよいものかと、顎を突き出し悩むように眉間に皺を寄せたロベールにクリスティアは、ワインと朝食では対価が足りなかったかしらと見当違いをする。




