カーラ・キャメロ②
「少しばかり世間話をして、生前の母の様子を尋ねられました。わたくしが良く笑う母で優しい母だったという話をいたしましたらその方は感慨深げに、母が幸せな人生を送れたのならば良かったとおっしゃられたのです……そして、伯父が皆と死んだ甲斐はあったのかもしれないと……そうおっしゃったのです」
カーラは声を震わせながら一度ハンカチを持ち上げて酷く乾いて閉じた唇に当てる。
そして息を整えるように深く深呼吸をすると再び口を開く。
「わたくし驚いて、どういうことかと尋ねたのです。皆と一緒に亡くなったとは一体どういうことなのかと、その方に詰め寄ったのです。それまでわたくしは伯父の死は病かなにかだと思っていたのです。母は伯父の話をするときはとても悲しそうにしておりましたから幼心に聞いてはいけないと思っていたので詳しい死因は聞いたことがなかったのです」
詰め寄ったカーラに最初男性は戸惑った様子であった。
この事件を知っているものだと思っていたというように。
戸惑いながら言い辛そうに、母の兄は自殺をしたのだと告げられたのだ。
「ショックでした、とてもショックだったのです。伯父が自殺していたことも、母がそれを隠していたことも……いいえ、分かってはいるのです。伯父はトロワ伯爵家の長兄でした。貴族の方は自殺を不名誉で恥であることと考えられるのでその死をお隠しになられるのでしょう?ましてあのような死に方でしたら尚更……ですがわたくしがなによりも驚きであったのは伯父の死の理由に母が関係していたかもしれないということなのです!」
そうその男性は言ったのだ、母の幸せが伯父の死であったと。
死んだ甲斐があったのだと。
「男性はわたくしのあまりの驚きように戸惑った様子でした。どういうことなのか、伯父の死に母が関係しているのか理由を尋ねようとするわたくしをなだめ賺すように、事件のことを知りたいのならば新聞記事にもなったことだから調べてみるといいとおしゃって逃げるように去っていったのです」
カーラは気が動転していたこともあり、その男性がなんという名で何処に住んでいるのかということを聞くのを忘れていたことを後から気が付いた。
そしてそれから母の墓前で、その男性が現れないかと何度か待ってみたのだが……。
男性が現れることは二度となかった。
「わたくしはその男性がおっしゃったように伯父の死を新聞記事などで調べました。そして伯父が集団自殺をした内の一人だと知ったのです」
ラッドが鞄からスクラップブックを取り出し机の上で開いて見せる。
中には集団自殺の記事が丁寧にファイリングされていた。
それは図書室で集めた事件の記事でもあった。
「クリスティー様、調べれば調べるほど全てがおかしいのです。記事に出ている友人や知人の話では、この中の誰も彼も自殺をするような人達ではないように思うのです。このアルスト・サンドスという方は母の元々の婚約者の方だったそうで結婚が決まっていたそうですし、このドレット・モスマンという方は軌道に乗っていた自身が経営するレストランで自殺なさっております。他の方達もそう、伯父も……誰にでも親切で優しい人だったと、神官になるはずで人々を救うことに喜びを感じていたと、そんな人が自殺をするとは……とても思えないのです」
机の上に開かれたスクラップブックにある被害者の人となりを指差してみせるカーラは、意を決したようにクリスティアを見つめる。
「ですが事件は起きたのです。起きたからにはなにか理由があったはずです。そしてその理由が母にあるのだとしたら……誰かがその罪を償わなければなりません」
「カーラ!」
ラッドが悲痛な声を上げる。
それは二人の婚約の破棄にも繋がる罪の償いだと理解しているからだ。
そんなことは納得していないと訴えるラッドの声音だが、それを制するようにカーラは眉尻を下げてラッドを微笑み見る。
お腹の前で重ねられた掌は意志の強さを示している。
「母は、母は優しい人でした。決して誰かを死に追いやるような人ではなかったと信じております。ですが伯父の死を隠していたのもまた事実です。もしそれが後ろめたさからくるものであったのならば……わたくしが母の罪を償うつもりです。残りの日々を亡くなった伯父の為に捧げたいと思っております」
ラッドが唇を結び険しい表情を浮かべている。
だが彼にはカーラの揺るがない意志を止めることが出来ないのだ。
「どうか、どうかお願いいたします。伯父の死の理由を……どうか突き止めていただきたいのです」
難しいことは重々承知している。
けれどもそれを知らなければ未来へと進むことが出来ないのだ。
寄り添う二人の恋人達を見つめながら、クリスティアは唇を開く。
「経った月日を考えれば真実を探るというのは難しいことです……とても難しいことでしょう。ですがこのご依頼をお受けいたしましょう。お二人の未来のために必ず解決してみせますわ」
「あぁ、感謝をします本当に!」
クリスティアの頷きを見てカーラは安堵したように深く深く頭を垂れる。
これで漸く真実を知れるのだという期待をその声音に込めて。




