カーラ・キャメロ①
ラビュリントス学園の一角、大きな明かり窓から差し込む光りが本棚に並べられた多種多様な本と整理された書斎机を照らしている。
その部屋の中央では、クリスティアと依頼人であるカーラ・キャメロが対面に来客用の机と椅子に向かい合って座っている。
ここはエヴァンの研究室件私室の部屋で、受ける依頼が図書室では些か話しづらい内容でもあるということなので、エヴァンの部屋を借りることにしたのだ。
学園のサロンで話を聞いても良かったのだが豪奢なサロンではカーラが緊張してしまうだろう。
それにサロンで見知らぬ誰かとクリスティアが会っていればそれが事件の依頼だということを嗅ぎつけたこの国の王太子殿下であり、クリスティアの婚約者であるユーリ・クインが、自らも参加すると出しゃばってくるはずだ。
そうなればカーラは余計、萎縮してしまうはず。
公爵令嬢であるクリスティアに会うために自らの衣服に気を遣うくらいなので、身分というものを気にするタイプであろう。
一度会ったエヴァンにならば警戒心も薄れているだろうし、同じく先生と呼ばれる教師の部屋ならば医者のカーラも気が楽であるはずだ。
それにクリスティアは度々エヴァンの元へと自分が解決した事件の話を語りに来ているので、いつも依頼を受ける図書室やサロンよりかはユーリにも怪しまれないはず。
そしてそれは読み通り、ユーリはクリスティアが新しい事件を依頼されたことに気が付いていない。
「わたくしのような身分の者にお時間を割いていただきまして本当に感謝をいたしますランポール公女」
「まぁ、お止めになってください。身分など、この出会いの前では必要のないものですわ。それにそちらの医院ではわたくしのメイドが随分とお世話になったようですので、恩ならこちらにあります。どうぞわたくしのことは気楽にクリスティーとお呼びになってください」
「あの私、平民街に居た頃にキャメロ医院に凄くお世話になってて……」
「まぁ、そうなのですね」
「それで、その頃は貧乏で払う治療代がなくって……今なら払えますんで払いに行きます!絶対に!」
「そうなのですか?どうぞお気になさらないで、医院は父の道楽のようなものですから」
「治療費はわたくしに請求してください、彼女はわたくしのメイドなのですから」
カーラは自らの医院を知っている者がクリスティアの側に居ると知れたこと、平民のメイドにも慈悲深くあることを見せられて少しだけ緊張していた肩の力を抜き、ルーシーが入れた黄金色の液体が揺れるティーカップを差し出して罪の告白をするアリアドネへと、気にしなくてもいいと頭を左右に振ると有難うと小さくお礼を口にする気楽さを漸く見せる。
彼女は部屋に入ってきたときからずっと緊張していたのだ。
クリスティアへは隣に座っているエヴァンがカップを差し出す。
アリアドネは、意図せずに増えた借金に肩を落としてソファーの後ろで待機しているルーシーの隣に同じように控える。
「どうぞ、わたくしのこともカーラとお呼び下さい……それとこちらはわたくしの婚約者で」
「ラッド・レディックと申します」
カーラの横でショートの赤毛と空色の瞳を下げて挨拶をしたラッドは端整な顔立ちの青年だ。
その紹介を受け、カーラに婚約者が居たことに何故かアリアドネが残念そうな表情を浮かべる。
儚き美しい美女と、学園の冴えない教師が事件に巻き込まれて芽生えるラブロマンスを想像してこの数日、わくわくと心を踊らせていたのだ……。
残念ながら相手には婚約者あり、しかもわりとイケメン。
エヴァンを一度チラリと見て、失礼な話だが勝機は無しと息を吐いたアリアドネのテンションは一気に下がる。
「エヴァン先生にお話しをお伺いいたしました。カーラ様の伯父様の事件を調べて欲しくてわたくしを訪ねていらしたと」
「は、はい。そうです」
膝の上でハンカチを持つ手を震わせて頷いたカーラに気付き、ラッドがその手を握る。
胸に抱える不安が少しは和らぐようにと。
「わたくしが伯父の事件を知ったのは本当に偶然でございました。ラッドとの結婚の日取りが決まり、その報告を母の墓前にしに参ったときのことです。母はわたくしが18の時に病で亡くなっております」
ラッドの手を強く握り返したカーラは語り出す。
自らの胸に抱える不安の解決を乞うために。
「そこには見知らぬ男性が一人、母の墓前に花を手向けておりました。それは、伯父の墓前にもよく手向けられている花でしたので覚えがあったのですが、今までお姿を拝見したことの無い紳士の方でした。わたくしは同じ花をよく見ていたせいか、恐らく伯父の友人であろうその方に勝手ながら親しみを感じておりましたので、声を掛けたのです」
母も誰が伯父の墓前に花を手向けているのかは知らない様子であった。
同じ人を弔う気持ちを共有していた人。
声を掛けたその人は、とても礼儀正しい男性だった。
曰く、母の兄と懇意にしており首都に来る用事があるときは時折、墓前へと挨拶に来ていたのだと。




