過去からの依頼②
「聞き覚えのない名前ですわ、エヴァン先生」
名刺を受け取り見て、その名を記憶の中から探してみるがクリスティアの灰色の脳細胞の中には覚えのない名。
キャメロと名の付く貴族名や新聞で取り沙汰されたような事件の関係者にも見たことも聞いたこともない名だ。
「貴族ではないそうです。平民街で医者をなされているそうで……君の噂を患者さんから聞いたらしく、精一杯に身なりを整えて会いに来ていらしてましたよ」
「まぁ、いらぬ心遣いですわ」
恐れ多くも平民がこの国の王太子殿下の婚約者であり、公爵家のご令嬢との謁見を希望しているという配慮から身なりに気を遣ったのだろうが、クリスティアにとってはそのような配慮は無意味なことだ。
むしろ高貴な身分だからと萎縮されて、平民問わずに受け入れている事件の依頼が来なくなることのほうが重大な問題だ。
そういったところは改善しなければと少し困ったように名刺を撫でたクリスティアの後ろで突然、アリアドネが思い出したように大きな声を上げる。
「キャメロ医院!平民なら誰もが知ってる病院だよ!お金が無くても支払いは今度でいいからって言って診てくれるの。私の両親も何度かお世話になってて……治療費、渡しに行かないと!」
自身が貧乏時代に無銭治療を受けていたことをすっかり忘れていたアリアドネ。
今はしっかり(肩代わりされた借金の引かれたお小遣い程度の)お給料をランポール家から貰っているのだからきちんと返さなければと焦っているが……。
だがアリアドネの無銭治療に興味のある者は今、この場に誰も居ない。
「ご存じないのは仕方のないことです。依頼内容は彼女の母親に関わる事件ですから、結婚をして姓が変わっています。元はトロワです、エレイン・トロワ。ミサに事件の検索をさせてみてください」
「ミサ、お願いできて?」
「畏まりました!」
クリスティアに呼ばれてその肩に現れた手のひらサイズの魔法道具であるミサが椿の花が咲く小袖と黒髪を揺らし机に飛び降りると、こめかみを人差し指で押さえて瞼をギュッと力強く閉じる。
うんうん唸りながら自身の頭の書斎の中に保管してあるラビュリントス王国で起きた事件の記事の中でヒットした名に瞼をパッと見開く。
ミサの頭の中には多くの事件の記事が解決未解決問わず保存されているのだ。
「23年前に起きた集団自殺事件に同じ姓の方がいます。被害者の名はランス・トロワ。エレイン・トロワの名も遺族の関係者の一人として登場しています」
「ルーシー。ゴシップ紙も含めて事件に関わりのある記事を集めてきてくれる?」
「畏まりました、行きますよ」
「私も!?」
ラビュリントス王国最大の図書室でならば事件に関連した新聞記事も多く保管しているはずだ。
クリスティアの命に頷いたルーシーは、不承不承なアリアドネを連れて関連記事を探しに行くのを見送り、ミサが事件の概要を続ける。
「死亡したのは4名の男性と1名の女性で服毒による自殺です。遺体は椅子に座っており争った形跡はなく、円形のテーブルにはそれぞれの遺体の側に毒の入っていた空の小瓶があったそうです。ワイングラスからは同じ成分の毒が検出されたとのことなので覚悟の上での自殺であろうと警察発表があったみたいです」
ミサの言葉を聞きながらクリスティアは想像する。
凄惨であったであろう宴の会場。
円形のテーブルに死んだ男女が座っているだなんて……。
なんて興味深い事件なのだろうか、これが未解決であれば……の話だが。
「クリスティー様。一先ず事件の現場写真が載った記事をお持ちしました」
「ありがとう、ルーシー」
気の利く侍女が現場がどういった状況だったのかを想像しやすいようにと持って来た新聞記事をクリスティアは満足げに受け取る。
アリアドネは、事件の記事を探して図書室中を右往左往している。
23年前の事件記事には遺体の残る現場写真がそのまま載せられていた。
個室の中央に花瓶の置かれた円形のテーブルが置かれ、そこには机に上半身を横たわらせたり椅子に身を預け天井を見上げていたりと5名の遺体が座っている。
床に散らばるグラスの破片。
転がる瓶。
机の上の空のワイングラス。
乱れたテーブルクロス。
そして5名の遺体の側には、毒が入っていたであろうそれらしい小瓶がそれぞれに置かれている。
「レストランでの悲劇、円卓に並べられた死の晩餐……随分とセンセーショナルな見出しですわね。聞き覚えのないレストラン名ですが、どうなったのかしら?」
「オーナーが自殺した内の一人だったので、事件後に閉店したようです!」
ミサの頭の中のライブラリーには、死のレストラン閉店という見出しの記事が検索ヒットする。
まぁオーナーが居ようと居まいと、人が死んだレストランなのだから閉店は免れなかったはずだ。
クリスティアのような奇人ならば例えその店で人が死んでいても食事が美味しければ関係なく通うだろうが……。
いや、むしろ事件が未解決ならば死という謎に惹かれてそれを解き明かそうと常連になっていたかもしれない。
だが普通の人ならば人が死んだレストランで食事をする気にはなれない。




