公爵家、朝に全てを知る①
翌日のランポール邸。
朝食を済ませ家族が団欒するための小さい部屋(ランポール家ではファミリールームと呼んでいる)で各々好きな定位置でお茶を飲んでいたランポール一家は、昨日殺人事件に巻き込まれた一件をなんの脈絡もなく、なんてことのないことのようにさらりと報告をしたクリスティアに口に含んだアールグレイを皆、一様に噴き出しそうになる。
腰にベルトを巻いたバーサカラーの付いたビショップスリーブの薄桃色のドレスを着て中央に設置された円形の机を囲む四脚の一人がけの椅子の一つに座り、青緑色に花の絵柄の入ったお気に入りのカップを前に置いたクリスティアへと集まるのは驚き、動揺し、感心したような三者三様の視線。
「まぁまぁ、そんなことに巻き込まれるなんて狡いわクリスティー。それで?あなたが第一容疑者ですの?」
火の付いていない暖炉の前のロッキングチェアに座り、お茶を飲みながら縫い物をしていた女性がまるで素敵なことが起きたかのように高揚した声を上げ縫い物を膝に置き、両手を合わせ少しカールした胸まである金の髪の毛を揺らしながらロッキングチェアから身を乗り出すと嬉々として青色の瞳を輝かせて問いかける。
フリルの付いた薄茶色のスタンドカラーの細いスカートドレスを身に纏ったこの女性はクリスティアの母親であるドリー・ランポール公爵夫人である。
ニールの尋問後、ユーリとハリーに見送られて遅くに帰ってきたクリスティアはその日は薬を飲まされたこともあってかそのまますぐに床に入ったので両親には事の子細の報告は出来なかった。
なので朝食が終わりお茶を飲みながらいつも行っている家族の報告会という場で、馬車での奇っ怪な会合、ゲストルームでの第一発見者、対人警察の尋問と昨日起きた一連の出来事を説明したのだった。
まさか自分達が行くはずだった夜会でそんな好奇心溢れる出来事が愛娘に起きていようとは……亡くなった令嬢には申し訳ないが同情やクリスティアを心配するより先にドリーは羨ましがる。
「わたくしとしましてはそうなることを望んでおりましたのに……ニールったら第一容疑者であるわたくしに帰れとおっしゃって殿下に送らせたんですのよ」
「懸命な判断ですね、義姉さんみたいな好奇心旺盛な人が近くに居られたら事件現場を引っかき回すだけですから」
ニールの対応がまるで酷いことかのように拗ねた声を上げるクリスティアの前で、読んでいた本を閉じたのは白いドレスシャツに緋色のループタイ、黒いズボンの足を組み灰色の癖毛のボブ髪、眼鏡の奥から覗く黒い瞳でクリスティアを見つめるのはエル・ランポール。
クリスティアがユーリと婚約することとなり一人娘しかいなかった公爵家の家督を継ぐ者として引き取られたのがクリスティアの一つ下のエルだ。
普通引き取るならば血縁などの関係がある遠縁の子を引き取り跡継ぎとするのだが、エルはランポール家とは血縁でも姻戚関係でも無く、別の貴族の子をクリスティアがとある理由で半ば強引に引き取ったのだ。
「まぁ、エルったらわたくしにだって行っていいことと悪いことの分別は付きますわ。第一容疑者となり得るわたくしが事件現場をうろつくなんて証拠隠滅を計ったと思われても仕方ないではありませんか。触れたというか触れさせられたのは凶器である短剣だけですわ」
嬉しそうに巻き込まれた殺人事件について語るクリスティアだがなにがそんなに嬉しいのか。
普通ならば犯人扱いをされれば不愉快であってしかるべきだというのに、手袋していたので指紋は出ないことが残念だけれどもそれを差し引いても第一容疑者であることが濃厚だと嬉々として語る義姉に何を言っても無駄だとエルは肩をすくめて諦める。