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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
438/630

見送り

「今回のことは本当に感謝しているよクリスティー」


 特別に後宮から出た夕顔が見送りに来た駅のホーム。

 昨日、夜分に応竜帝が朱雀宮へと訪れていたので事件の真実を聞かされたのだろう。

 泣いて赤くなった眦は赤い化粧で誤魔化されているが、腫れぼったい瞼と瞳の充血は隠しきれていない。

 これで夕顔は、事件の全てを知る唯一の妃となった。

 それはきっと……天国にいる朝顔も望むことのはずだ。


「あなたと共に帰れないのは残念だわ。元気でね夕顔」

「ふん、私は外にも出る妃になってやるからそのうちまた会えるよ。王国の店には定期的に丹黄を行かせるからいつでも買いに来るといい。私も子育てで忙しくなるから暫くは会いにいけないだろうが……あの子を連れて必ず会いに行くよ」

「ふふっ、そうね楽しみだわ」


 彼女ならばきっと良い妃、いや皇后になるだろう。

 そして良き母になる。

 既にその片鱗の見える、子を思い慈しんだ表情を浮かべる夕顔にクリスティアは頷く。


「丹黄様。池の畔でわたくしを見付けてくださってありがとうございました」


 夕顔に付き添って来た丹黄とは命を助けてもらってから会えていなかったので、心からのお礼をクリスティアが伝えれば、丹黄は口角を上げると無事で良かったというように頷く。


「あの、失礼でなければ仮面を取っていただいてもよろしいですか?」


 助けてもらったあの日から、クリスティアはずっと気になっていたことがあった。

 あの日、あの時、池の中で自分を抱き締めた腕の感触。

 あれは事実、本当のことだったのかそれとも……。


 懇願するような表情を浮かべるクリスティアに自分がどんな姿をしているのか一番よく知っているので躊躇った丹黄が助けを求めるように夕顔を見れば、見せてあげろというように頷かれたので戸惑いながらも後頭部で縛っていた紐を解き仮面を外す。

 仮面の先にあったのは火傷のように赤く腫れ発疹の浮き出た皮膚。


 その顔はクリスティアが望んだものではなく、酷く落胆する。

 その姿の醜さにではなく、その顔が自分が望んだ幻が現実ではなかったことに。


 あれは結局……薬が見せた幻だったのだ。


「ありがとうございます。助けていただいたときに知り合いの方に似ていたような……そんな気がしたものですから」


 この落胆を勘違いされないように、丹黄の頬をするりと撫でれば驚きでビクッと肩が震える。

 最初からクリスティアが丹黄に触れることに躊躇いなどなく、そういった人は今まで夕顔以外には居なかったので丹黄は恥ずかしげに俯くとすぐに仮面を付け直す。


「雨竜帝もまたお会いしましょう」

「えぇ、またすぐにでも……」


 そのとき、後少しで出発を告げる列車の汽笛が鳴る。

 では最後にと一人一人と抱き締め合い、乗り込んだクリスティアの前で扉が閉まると列車はゆっくりと走り出す。

 乗り継ぎはないので行き道よりかは短い旅程。

 さようならと手を振る者達の過ぎ去る姿を見送って、クリスティアはユーリと共に席に着いた一等車両の客席で胸を流れる隙間風にふっと息を吐き肩を落とす。


「寂しくなりますわ」

「そうか。それはそれは楽しい傷心旅行だったんだな」


 こっちは濡れ衣を着せられて大変な日々だった!

 そんな拗ねっぱなしの声音が耳に入り、寂しさで落ちていたクリスティアの肩はクスクスと笑みで震える。


「一人寂しく帰るのではなく、迎えに来て下さって嬉しかったですわ。ユーリ様」


 本当に嬉しかったのだと真っ直ぐにその瞳を見つめて、呼んだ名。

 久し振りに呼ばれたその名に瞼を見開き、緋色の瞳を見返してきた青い瞳にクリスティアは帰ってきたのだと安らぎを感じる。


「……君は本当に……厄介な婚約者だよクリスティー」

「まぁ、お褒めのお言葉として受け取っておきます」


 照れくささを誤魔化すように唇を尖らせたユーリ。

 だが誤魔化しきれなかった耳が赤く染まっているので、クリスティアは笑みを深くする。

 こうやって甘くあるから……クリスティアはいつだって事件を追い求めて自由に飛び立ってしまうのだとユーリも分かっている。

 だがそれでも、ユーリはそれを止めることなど出来ないのだと理解していた。


 理解してるから、いつだって迎えに行けばいいのだと。


「仮面の男に助けてもらったという件はちゃんと聞かせてもらうぞ。場合によっては君を心配する皆にも報告をするからな」

「あら、わたくしを過保護という牢獄へと閉じ込めるつもりですのね。ですがご存じの通り、脱獄は得意ですのよ?」

「うっ……婚約破棄の噂だけは勘弁してくれ。私は暫くご令嬢達の狩りの獲物だったんだぞ」

「まぁ、ふふっ。えぇ、勿論ですわ。帰ったらまず共にハンティングへと出掛けましょう」


 二人の間で交わされる軽快な軽口。

 婚約破棄の噂に踊らされ、期待をしたご令嬢達は戻ってきた狩人に憐れにも狩られることになるだろう。


 ユーリのふて腐れた気持ちと自身の別れへの寂しさが景色と共に流れるように去って行くのを、クリスティアは窓の外へと視線を移しながら感じる。


 そしてこの胸には……ざわめくような後悔だけが残っているのだと。

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