お迎え
クルリと軽快なターンを終えると互いに向き合い頭を垂れる。
息も荒れず、ステップが乱れることもない、完璧なワルツを踊り上げたことにクリスティアはパートナーである相手の緊張した面持ちへとニッコリと微笑みを向ける。
「すっかりお上手になられたので足を踏まれていた頃が懐かしいですわ。わたくしがお教えすることはもうございませんね雨竜帝」
「クリスティー様が私の足を踏んで下さっても踊る自身があります。これも全てご指導のおかげです」
及第点を貰い安堵して胸を撫で下ろす雨竜帝は、指導者としてその姿を満足げに見つめるクリスティアへと真面目な表情を向ける。
「あの、これからどうなさるのですか?」
「どうとは?」
「国でのことを伺っております。王太子殿下が人目も憚らずに婚約者でない相手を特別可愛がっていると……パーティーでもクリスティー様を差し置いてその子をパートナーになさっていておいでだと」
相手は平民の子。
クリスティアは婚約破棄の憂き目に遭うのではないのかと王国の社交界で噂になっていると雨竜帝は聞いているのだ。
「クリスティー様がよければ、このままこの国に居て下さっても構いません。私があなたをお守りします」
意を決したように力強く、真剣に想いを伝えるその視線はだが、絡み合うことはなく……クリスティアの眼は後ろへと注がれている。
その緋色の瞳を隠すように瞼をパチパチと瞬かせたクリスティアはふわりっと微笑むと雨竜帝へと今度は視線を合わせる。
「ご提案とても嬉しく思います雨竜帝。ですが申し訳ございません、お迎えが来てしまったようですわ」
「えっ?」
再度後ろへとなにかを示すように向いたクリスティアの視線に、雨竜帝が振り向いてみればそこにはぶすっと眉を顰めてふて腐れた顔をしているユーリ・クインが扉に身を凭れて立っている。
「随分と楽しそうに過ごしていたみたいだなクリスティア、そして久しいな天馬……いや、今は雨竜帝か」
「ユーリ殿下!どうして!?」
何故ここにユーリが?
戸惑う雨竜帝がユーリをそしてクリスティアを見れば、金色の髪を揺らし雨竜帝の横を通り過ぎだクリスティアはユーリの元へと足取り軽く歩み寄る。
「殿下自らお迎えにきてくださいましたの?」
「あぁ、そうだ。君が私に婚約破棄をされそうなどという妄言を各所に流して手紙一つを残し、家出なんてしてくれたおかげで私は今、君の家族や友人からの謂われの無い非難で針のむしろだ。婚約破棄など身に覚えのない罪を着せて一体なんの傷心旅行だ!こんなことならば君の言うことを聞いて君の友人のパートナーになどならなければ良かった!」
「まぁ、だって……あの子一人ではパーティーに参加が出来ないではないですか。折角楽しみにしてドレスも誂えたというのに一人でお留守番なんて……可哀想でしょう?」
そんな博愛心に溢れた理由ではないことは分かっている!
というかわざとらしくドレスを買い与えてパーティーに参加したい気持ちを刺激したのは君だろう!
咎めるユーリの視線にクリスティアは悪びれた様子もない。
「どうしても出掛けることになる用件があったのですけれど都合の良い理由が思いつきませんでしたの。遠出をするにはそれなりの理由が必要でございましょう?」
「なにをしたかは敢えては聞かないが、私を生け贄に差し出したことは高く付くぞ」
「悪いことではございませんわ。そうですわよね雨竜帝?」
雨竜帝は混乱する。
家出、家出とは一体なんのことだ!
いや、考えればおかしなことだ!
今までどれだけ情報を集めてもクリスティアとユーリの婚約は盤石で、仲違いの気配など微塵もなかったといのに、何故か誘拐事件が起きる数週間前から婚約破棄の話が急速に広まり、二人の余所余所しさが際立っていた。
それはまるでわざと誰かが噂を広めたかのよう。
わざとそれが事実に見えるように当事者が振る舞っていたかのよう。
もしクリスティアが自分が夕顔に誘拐されるという情報を掴んでいたら。
ならばそれが二国間の問題にならないように誘拐されるのではなく自らが赴いたように偽装することを考えたのならば……。
ユーリに自身の友人を嗾け、自分は家出の手紙を書き夕顔に連れ去られる。
そうすれば王国ではただの家出にしか見えないはず。
ならばあの婚約破棄の噂は、クリスティアが最初から描いたシナリオではないのか。
そんなことを思い至り、その事実を確認しようと口を開こうとした雨竜帝だったが……ユーリの視界に入らないように少し後ろに立ち、気付いたその事実を口にすることを人差し指を唇に当てて制するクリスティアの姿を見て……吐き出し掛けた言葉を飲み込む。
「……はい、クリスティー様のおかげで……この国はもっとより良くなるでしょう」
そして代わりに口に出した感謝の返答に、満足げにニッコリと美しく微笑んだクリスティアを見て雨竜帝は思う。
彼女と共に居られるユーリが心の底から羨ましいと。
本当に、諦めきれぬほどに羨ましいと。




