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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
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応竜帝②

「では、わたくしからは龍の息吹という絵本に描かれている挿絵の花を別のものに差し替えていただくようにお願いいたします」

「絵本?」

「えぇ、あれは秘薬の製法を記した本です。黄龍が朱雀と白虎と対峙するページ、そして蒼龍と玄武が対峙するページにだけチョウセンアサガオの花が描かれておりますから分かる者には分かるようになっているのでしょう。ただ、単純に禁止になさるのは悪手です、駄目と言われると興味をそそられるのが人というものですから。ですので挿絵の花を別の色々な花に変え出版なさってください……そうですね、後宮に渦巻く死もこれを持って打ち払われたのですから祝い事を解禁なさることでしょう。ならば子の居る家庭に祝いの品として絵本を配るのが良いかと思います。そうすれば古い絵本の挿絵など人々は呆気なく忘れてしまいますわ」

「……そなたに利など一つもないが」

「わたくしを救ってくださったのもまた黄龍国の方です、それに友人である雨竜帝の心が少しでも軽くなることを願っているのです。わたくしの件もそうですが、母だと慕っている蒼龍妃のことは特に、傷ついておられましたから……それともう一つ。夕顔には全ての事実をお話しください。朝顔様を姉と慕い、蒼龍妃を母と慕ったあの子ならばきっと乗り越えるでしょう。そしてお二人が守ろうとした子を立派に育てる良き母になるでしょうから……憎しみよりも許す心を持たせてあげてください」


 表向き蒼龍妃は後宮へと狛獅を引き入れたことによる責を問われ蟄居となり、その身は永遠に応竜帝の宮近くの今は、使われていない皇后宮へと囲われることになる。

 そこではきっとなにかがあろうとも、なにもなかったように、皆健やかだと嘯いた幻想の中で生かされるのだ。

 応竜帝は、彼女が生きているだけでただ十分に満足だろう。


 白龍妃は白族である狛獅の罪への荷担が認められなかったことによりその罪は不問とされたが、自身の立場をいいように利用されたことで友人を亡くすこととなった深い心の傷を癒やすために国へと療養という形で兄と帰ることになった。

 黒龍妃は身ごもっている子の性別が姫であるということを公表し、里帰りでの出産を許可された、久し振りに会うことの出来る我が子の鈴を抱えた彼女はとても晴れやかそうに、早々にこの後宮から去って行った。


 二人とも後宮にその席はあるもののここに戻ってくるかは各自の判断に任せられた。

 例え戻ってきたとしても、もう応竜帝が後宮へと足を向けることはないというお達しがあったそうだ。


 一人、後宮へと残ることに決めた夕顔は、妃としての勤めを果たすことはないだろうが朝顔の子を育てる良き母となるはずだ……悲しみも苦しみも乗り越えて。


「あぁ、そなたの望むとおりにしよう。感謝する」

「いいえ……あの一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

「あぁ」

「もし、蒼龍妃がこの世を去る結末をお選びになられていたら……どうなさっていましたか?」


 じっと応竜帝を見つめる緋色の瞳。

 一体、どんな答えが欲しいのかは分からないが、応竜帝が出す答えは一つしかない。


「原因が私であったのならば……後のことは全て、雨竜に任せて後を追ったかもしれぬな」


 フッと当たり前に穏やかに笑った顔を見てクリスティアの胸が締め付けられる。

 だからこそ蒼龍妃は自ら死する結末を選べなかったのだ。


 応竜帝は似ているのだ。

 美咲が置いてきてしまった彼に。

 だったら彼はきっと、美咲が居なくなった世界で生きてはいない……生きてはいけないはずだ。


 望んだ答えでは無かったことに少しだけ泣きそうに瞳を揺らしたクリスティアを見て、応竜帝は彼女は大切な誰かを何処かに置いてきてしまったのだと感じる。


 だからきっと自分はまだマシなのだと。

 大切な者が側に居る自分はまだ……。


 全てが終わり、ふうっと息を吐いて肩の荷を下ろした応竜帝は窓の外に咲く朝顔を見る。


「……あの子は本当に良い子だった。妃同士ならば争うのが当たり前だと思っていたが、あの子は誰とでも仲良くあろうと常に努力する子であった……蒼龍妃が私の可愛い子だとあの子の頬を突っつく度に本当に嬉しそうに笑っていたよ……まるで彼女の子であるかのように」


 応竜帝のお伺いのとき朝顔は必ず蒼龍妃にも同席をお願いしていた、最初は応竜帝と二人きりは緊張するからという理由だったが、いつの間にか二人の姿を見るだけになっていて……。

 あなたのための時間なのよと蒼龍妃が諭しても朝顔は頑なに応竜帝と二人きりにはならず、仲睦まじく話す二人をニコニコと嬉しげにただ見つめていた。


 応竜帝を愛し、同時に蒼龍妃のことも愛していたのだろう。


 それは幼い頃から愛されることのなかった両親の姿を、こうだったらいいと望んでいた家族の姿を見ていたのかもしれない。

 だからこそ二人が離れる結末を望まなかった朝顔は自分が罪を被ることになってもいいからこの呪いを解きたかったのだ。


「どうぞ、この呪いがこれっきりであることを願います。朝顔様のためにも……」

「あぁ、それがあの子への償いになるのならば……勿論だ。あの子達が寂しくないように廟は私の目の届くところに建てるつもりだ」


 応竜帝の悲しく微笑む姿を見つめてクリスティアはただ祈る。


 どうかその死が安らかであるようにと。

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