応竜帝①
びしょ濡れのクリスティアを池の畔で見付けたのは夕顔に戻ってこないクリスティアの捜索を頼まれた丹黄だった。
そしてそんな彼女を抱えて侍医の元へと駆け込んだのは、狛獅の死の報告を終わらせ応竜帝の宮から自身の宮へと帰る途中であった雨竜帝だった。
そしてすぐに蒼龍妃のことは雨竜帝の知ることとなり、内密に応竜帝へと伝えられることとなった。
「本当は蒼龍妃のことをお疑いでしたのですね応帝陛下?」
事の顛末を二人だけで聞きたいと応竜帝の宮へと一人呼び出され、一通り事件の説明を終えたクリスティアが問う。
病み上がりのすぐの体だからか、顔色はあまり良くはない。
「どうしてそう思う?」
「事件の経緯を聞かされてもあまり驚いておられないようですし……その後の対応も予め準備していたかのように素早いものでしたから。蒼龍妃は今、応竜帝の宮で蟄居の身であり、その侍女は警備兵に身柄を拘束され、雨竜帝にも箝口令を敷いていらっしゃいます……わたくしは目覚めるとすぐに誰かに会い真実を吹聴する前に応帝陛下に呼ばれましたわ。それに蒼龍妃は応帝陛下の母親をとても恐れておいででしたから、その時代を共に過ごされた応帝陛下が彼女を疑うには十分かと」
フッと皮肉るように笑った応竜帝。
この少女に偽りを言ったところですぐに見破られると悟り、頷く。
「あぁ、そうだな。心の端では疑っていた。あの女が良く言っていたのだ……女は呪いだ、王子を不幸にする呪いだと。だからその呪いが私に来ぬように殺すのだと。だが私達にとっては、あの女が一番の呪いだった……殺しても消えぬとは思ってもみなかったが」
この世から消してしまえば断ち切ることが出来ると思っていたというのに……。
その呪いは最悪の形となって蒼龍妃が受け継いでしまったのだ。
「やはり妃など持たねば良かった……そうすれば彼女がこんなことをすることもなかっただろうに」
「いいえ、応帝陛下。最初の王子を亡くした時点で……呪いを信じた時点で蒼龍妃の結末は決まっていたのです。もし他の女性を受け入れなければ応帝陛下、もしくは雨竜帝になんらかの不幸が起きたときに彼女は喜んでその身を捧げていたことでしょう。応帝陛下はそれを一番に恐れたのではないのですか?だからこそ、明かされた真実がどんな真実でも良かった。いえ、むしろ全てが明らかになれば……蒼龍妃を囲い守ることが出来ると思ったのではないのですか?」
蒼龍妃を愛し、例え子に恵まれなくても彼女以外の妃は持たないとそう決めていたというのに折れたのは、きっと別の夫人を迎え入れて欲しいと懇願した蒼龍妃のその頑なな意思の中に狂気を見たからだ。
彼女の躊躇いのない死が、自分になにかが起きればその身を捧げてしまう狂気が……無意識の不安となって応竜帝を頷かせたのだ。
彼女を失うことは彼にとってなによりも恐ろしいことだった。
彼にとって他の妃は……彼女への生け贄だったのだ。
その執着に似た感情を見破り、問うたクリスティアに瞼を見開いた応竜帝は、蒼龍妃に感じていた不安を今やっと理解し、納得する。
「ははっ、そうだな……全てを知ったとて、だったであろうな。彼女を生かすために私には他の生け贄が必要だったのだ。むしろ全て知ることさえ出来れば……この先の対応も取りやすい」
フッと応竜帝は子供の頃のことを思い出す。
躾だと叱る母親の激情を受け入れられず、皇帝になどになりたくないと幼い妻に泣いて慰められていた頃のことを。
青い鳥になると彼女は言った。
青い鳥になってあなたを幸せへと導いてあげると。
そうして言葉通り、彼女はいつだって母と自分の間に立ち……体を心を傷つけられてきた。
だから私は謀反を起こしたときにあの女の手を真っ先に切り落としてやったのだ。
彼女を苦しめたその手を真っ先に……。
「ならば私が選ぶ結末も分かっているであろう。此度のことを黙っている代わりにそなたはなにが欲しい?」
結局、事件のことは狛獅が主犯として処理されるのであろう。
応竜帝の心からの大切な者を守るために……。
これはそのための取引だ。
いや、脅しでもあるのかもしれない。




