青龍宮①
噎せ返るほどの香の匂いが立ちこめる室内。
夜の帳が深く暗く降りた頃、クリスティアは訪れた青龍宮の客間で一人椅子に座り、赤い花の揺れる池を眺めていた。
「お待たせしてしまったわねクリスティー」
「いいえ、このような時間にお伺いして申し訳ありません……蒼龍妃」
「あなたの訪問ならばいつでも歓迎だわ。青凜、私達は大切なお話があるからあなたはもうお休みなさい」
いつもの上品に着飾った姿とは違い、薄手の寝間着を着た蒼龍妃は下ろした髪を一つに結んで肩に垂らしている。
その顔色は少し悪く、疲れているようだ。
蒼龍妃がお茶を入れていた侍女へと指示すれば彼女は頭を垂れて去って行く。
彼女を下がらせたのを見るに蒼龍妃は何故、クリスティアが夜間にも関わらず目通りを願った理由を察しているのだろう。
ならば遠回りな話は必要ない。
「狛獅様を殺したのはあなたですね蒼龍妃、そして朝顔様をあの池へと誘ったのも……あなただったのですね?」
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに突き止めた事実を口にしたクリスティアに、お茶を一口、飲み込んだ蒼龍妃はニッコリと唇に笑みの形を作る。
「まぁ、どうして私がそのような恐ろしいことを?」
「えぇ。えぇ、本当に。きっとわたくしなどには理解の及ばぬ人生を歩まれたのでしょう。夕顔にお聞きしました、この国には製法が忘れ去られた龍の息吹という薬があるということを……他者を意のままに操る秘薬。それは忘れ去られてなどいなく、代々後宮の主に……皇后になるべき者に伝えられているのではないのですか?あの後宮の中庭の毒草、それはその薬を作るためのもの。死という結末は同じ毒草だけれども、そこに至るまでの過程が違う二種類の毒草……池の周りに植えられた毒草を混ぜ合わた物が秘薬である龍の息吹なのですね」
「毒に詳しいのね」
「えぇ、知人に詳しい者がおります。思えば黒族と白族の仲が悪いこと、青龍宮から朱雀宮へと入れないことはその理由にも根差しているのですね。神経系の毒と強心系の毒。その毒が交じり合わないようにするための対策なのでしょう。複数の毒を混ぜ合わせると、どんな検査薬にも反応が出ないことがあると聞いたことがございます。応帝陛下の母親が、この後宮内で数多くの死に荷担しておきながら何故その罪を罰せられなかったのか……それはその証拠が検出されなかったから。後宮という場はそうやって、秘薬によって邪魔な者達を淘汰してきた歴史なのですね。応帝陛下の母親はいずれ皇帝となる自身の息子が一途に愛するあなたにもその秘薬を教えたはずです。必ずあなたが皇后になると信じて、応帝陛下の宮へと難なく行き来することになると信じて……」
じっと蒼龍妃を見つめるクリスティアの緋色の瞳。
その瞳を見返す深く濃い黒い瞳の中には薄く青色が混じり……その寒々しい色は彼女の中の冷酷さを覗かせている。
「わたくしは、狛獅様がお亡くなりになって再度、事件のことを調べ直しました。それは他の妃達が後宮に入ってから起きた死に関する事。子供達の死、侍女の死、妃の死……その全てにおいて一つの共通点があることに気付いたのです。男子の王子が病に罹るとその周りに居る女性に不幸が起こっているのです……わたくしは少し前にある事件のために訪れた国で生け贄の因習があったことを思い出しました。国に災いが起きないように子供を谷底へと落とす憐れな因習……この後宮で起きた死もまさにそう、憐れな因習であると気づいたのです。あなたにとって女とは……男を生かすための生け贄だったのですね?」
沈黙する蒼龍妃にクリスティアは更に続ける。




