龍の息吹②
事件が解決し、少し朱雀宮は慌ただしくなっていた。
知られていなかった隠された空間は調べられ、中に残されていた薬の成分を調べるために多くの者達が出入りし、朱雀宮の一角は暫く立ち入り禁止の措置が執られることとなった。
「正直言って白族の遺恨がここまで強いとは思っておりませんでした」
立ち入りの制限がない朱雀宮の客間で朱南長が項垂れるている。
色々と気疲れすることが起きたので暫くは家族と共に過ごせるようにと応竜帝の配慮により特別に、後宮への家族の出入りを許可されたのだ。
「そうですわね。赤族の朝顔様だったからこそ白族にとってその命は軽く……利用できればどうなろうと、どうでもよかったのでしょう」
いや、むしろ前赤族の首長の血を引く朝顔だからこそ……その深い恨みによって事件へと巻き込まれたのかもしれない。
純粋な仲の悪さならば黒族の黒龍妃を標的にしても良かったはずだ。
黒龍妃ならば……事件が起きれば隠すこともなく白龍妃を断罪するであろうから。
「どうぞ、これからは朱南長様と西白様が両国の架け橋となってください。もう古い時代は終わりを告げたのです。新しい者達が手を取り合い未来へと進むべきですわ」
「えぇ、そうですね。西白様には私から手紙をお送りしましょう」
未来を見据えられる彼や西白ならば……二族の間のわだかまりを解くことが出来るはずだ。
そしてそれは朝顔の供養にもなろうと微笑んだクリスティアはぼんやりと窓の外を眺めている夕顔へと声を掛ける。
「夕顔。大丈夫?」
「なにがよ」
事件が解決して気が抜けたのか……。
元気なく、肩が窄んだようにいつもより小さく見える夕顔。
朝顔の死は自分の意思に反してはいたとうことで自死から事故死へと変更されたが、殺人とはならなかった。
眩惑の中であろうとも心の何処かで自らの死を望む気持ちが無かったとは言い切れない。
どう言い訳しようとも、鈴と共に沈んだ彼女は水面へと浮かび上がることはなかったのだから。
「あなたを王国へと連れ去ってしまおうかしら、わたくしを誘拐した罰として応帝陛下に下賜を願うの。良い手だと思わない?」
「馬鹿なことを……」
呆れたようにふんっと鼻を鳴らした夕顔がクリスティアと共に王国へと戻ることはないと分かっていての軽口。
だって彼女には残された朝顔の子が居るのだから、これから彼女にとって大切なのはその子になるだろうから。
「あれは人を疑うことを厭っていたから……躊躇わずに毒薬を飲んだのだろうな」
そうして幻影の中、溺れる我が子を助けだせたのならばいい。
愛しい我が子を抱き締めて死ねたのならそれで……。
事実がどうであったかは分からないのだとしても残された自分達はそう思うことで折り合いを付けるべきなのだ。
そう寂しげに微笑んだ夕顔の横顔を見て、クリスティアは純粋で純真であった朝顔に実際に会ってみたかったと心から思う。
そして出来ることならば、助けてあげたかったと。
「わたくしの息吹は、あなたを覆っていた暗雲たる呪いを打ち払えたかしら?」
この後宮に呪いなどないのだと。
全ては人の悪意によって起こされた事件なのだと。
解決したことに満足はあるかしらと問うたクリスティアに夕顔はきょとんと小首を傾げる。
「あぁ、あの絵本のことか。そうだな、暗雲は吹き飛ばしたよ。だが私にとっては龍の息吹とは薬のこと、吹き飛ばせば粉が舞うだけよ」
「薬?」
「そう、龍の息吹とは今はその製法が分からなくなってしまった秘薬ね。毒草をニ種類使うらしく、服用すれば相手を意のままに操れると言われているのよ」
「それは……なんの毒薬を使うの?」
「さぁ……さっきも言ったが製法は分からないのよ。興味あるのか?なら蒼龍妃に聞くと良い」
「蒼龍妃に?」
「幼い頃にそんな薬があることを私に教えてくれたのは蒼龍妃だからな」
その時、バタバタと慌ただしげな足音が外から聞こえてくると血相を変えた雨竜帝が部屋へと入ってくる。
「大変です!狛獅が死にました!」
薄暗い牢屋の中、見張りが見に行けば泡を吹いて痙攣しており、慌てて医者を呼んだが間に合わず亡くなってしまったと。
「夕顔一ついいかしら?」
「な、なによ?」
「私を連れ去ったときに使ったのは一体なんの薬なの?」
「蒼龍妃が私に持たせたのよ。雨竜帝の宮のケシの花だと言っていた、幻覚を見せれば容易く連れ出せるだろうとからと……」
何故今、こんなことを聞くのか?
訝しむ夕顔がクリスティアへと視線を向けるが、彼女の視線はただ一心に……なにかを考えるようにその死を告げた雨竜帝へと向かっていた。




