黒い雲③
「白蓮?」
「私が、私がちゃんと疑っていればよかったのです!ですが白蘭は白龍妃と朝顔様との関係を知る者だから、だから私は安心してしまったのです!」
なにが起きたのか分からず混乱する白龍妃に白蓮が悲しみ深い眼差しを向ける。
「あの日!朝顔様が亡くなった日に白龍妃より使いを頼まれたと言って白蘭が朱雀宮へと訪ねてきたのです!」
「えっ……」
その表情からそれが白龍妃の与り知らぬことであることは明白であった。
やはりそうだったのかと……その表情で全てを察した白蓮は白蘭を睨みつける。
「お前は白龍妃が子を亡くされたときにも服用されていた薬を持ってきたから飲ませてあげて欲しいと私に頼んだだろう!朝顔様は乳飲み子のために薬を飲まれることを躊躇われておられた、だから不眠の気があっても香を焚くことで誤魔化していた!だがそれでは体に障ると、生きている子のためにも一度、薬を飲んで欲しいと白龍妃が懇願されていたと!それは蒼龍妃の診察でも言われていたことでもあったし、薬の処方箋には間違いなく青龍宮の印が描かれていた!私が白龍妃の侍女であった頃にもその薬には覚えがあったから!だから疑いもしなかった!」
「……蒼龍妃、心当たりはあるか?」
「いいえ、全く……眠っている間は子を乳母に任せれば良いですし、授乳に害のないような薬を出すと言ったのだけれど……あの子は頑なに薬を飲みたがらなかったから。それに私の処方箋は後宮で多く使用されいるから、白龍妃の侍女ならば手に入れることは容易かったでしょう」
応竜帝が聞けば顔色悪く蒼龍妃は頭を左右に振る。
果実水のときとは違い手に入れた薬が内密のことであり、外からではなく後宮内で作られたものであるならば安心であると白蓮はなんの疑いもせずに朝顔へとその薬を飲ませたのだ。
「薬を飲まれることを厭うていた朝顔様でしたが、白龍妃の心を慮ってかその日はすんなりとお飲みになられました。私は深く眠りにつかれたお姿を見て心底安心したのです。ですが、ですがその薬を飲んだ数時間後にあの池に……!私は最初はただ恐ろしいことになったと!お心に負った傷が癒えることはなかったのだと思っていたのです!ですが私の心には一抹の不安がございました、あの薬、あの薬は一体なんだったのか?青龍宮の印があったから蒼龍妃が処方した薬だと思ったけれど本当にそうだったのか?だから取り調べが落ち着いた頃、白蘭に聞いてみたのです。するとあれは白龍妃が内密に準備したもので誰が処方したのかは分からない。ただあの薬は元は青龍宮の処方箋ではなく、外部の物であり、そうと知ると朝顔様が心配するだろうからと言って白龍妃がそれを入れ替えていたと……!私は、私は恐怖しました!もしかすると果実水のときのようなことが起きたのではないか!もしこれが明るみになればまた白龍妃は深く傷つくのではないか!いいえ、それどころか薬に問題があればその責任を問われることになるはず!これは意図せずとも歴とした殺人事件になるのです!ならば白龍妃はそれを兄の仕業と考え、そして兄を守るために……自らその罪を被るはずだと……!私は、私は……白龍妃とは幼友達です。両親を亡くし身分を無くした私の側に居てくれたのは彼女だけです。本当に、本当にお優しい方なんです。だから私はこの事実を胸に抱えて後宮を去るしかなかったのです!それが謀り事とは知らずに……!」
両手で顔を覆い泣き出した白蓮。
白蘭に騙されているとは知らず、全ては白龍妃を守るために……一人の侍女は主人の元を逃げるように離れるしかなかった。
「薬って……一体なんの、なんの薬だったの?」
「クリスティー、まさか……その薬というのは……!」
自分が一体なんに巻き込まれているのか分からない白龍妃。
その混乱の中で、夕顔だけは思い至った事実にハッとしたようにクリスティアを見る。
「えぇ、そうよ夕顔。幻覚作用のある薬。あのチョウセンアサガオの粉……そうでしょう狛獅様?」
ニッコリと微笑んだクリスティアは白蘭ではなく、その父へと視線を向ける。
身を仰け反らせてたじろいた狛獅のその姿は、追い詰められた娘と良く似ている。
「なにを、なにをおっしゃられているのやら!」
「あなたがチョウセンアサガオを準備をしたのでしょう狛獅様?チョウセンアサガオは後宮には生えていない毒草です。後宮内で手に入れるのは難しでしょうが唯一、ある方法で手に入れたものだけは容易く持ち込むことができます。それは応帝陛下の宮の近くの池で手に入れること……あなたが応帝陛下の宮へと出入りしていた記録は難なく調べることができました、応帝陛下もお心当たりがあることでしょう。そして応帝陛下の宮は後宮に繋がる唯一の宮であり、あなたは蒼龍妃が調合された薬を取りに度々そこを通り後宮へと訪れていたそうですね?ならば検問を通らず娘へとその毒草を渡すことも容易かったでしょう」
「そ、そんな!そんな証拠は何処にもないだろう!大体薬が使われた証拠は!毒物検査の結果は陰性だったはずだ!」
「えぇ、後宮に生える毒草に関しての毒物検査は陰性でした。ですからチョウセンアサガオは検査の対象外、それに朝顔様の死因はあくまで水死……でしょう?毒殺でないのならば他の検査をする必要は全くありません。明確な証拠が必要ならば朱雀宮の妃の部屋には隠された空間があります。そこにチョウセンアサガオの粉が隠されているのを夕顔が見付けておりますわ。朝顔様は最初の子を妊娠した頃に何者かの計略により堕胎薬入りの果実水を飲まされたことがあります。それは白龍妃が贈った果実水で、朝顔様は友人である白龍妃を庇い隠していた事実でもあります。そういったことから自身が飲む薬の全ては飲まず一部を隠したのでしょう……その果実水を準備したのも狛獅様だったのではありませんか白龍妃?」
「……う、うん……狛獅が、お兄様に相談するといいって……きっと友人が出来たことを喜ぶだろうから……それで手紙を書いて渡して……戻ってきたのがあの果実水だった……」
頷いた白龍妃に頬をピクリピクリと引き攣らせる狛獅。




