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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
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黒い雲①

 クリスティアが応竜帝の宮の裏手側にある広い池を見た日の終わりに手紙を送り、その返事が返ってきて何度かの手紙のやり取りが続き暫く経ったその日、中央国は黒くて厚い雲に覆われていた。

 応龍帝の号令と共に謁見の間へと集められたのは雨竜帝に四夫人、その侍女と宦官そして各一族の首長達。

 ただし白族は首長の代わりに狛獅がその席に立っていた。


「一体何故呼ばれたのかご存じですかな朱南長殿?」

「いいえ、私はなにも聞いておりません狛獅殿」


 この中で皆を呼んだ理由を知るのは応竜帝ただ一人なのだろう。

 玉座に座り皆を見下ろす姿に不安感を煽られながらただ一同が見上げていれば、カツリカツリと軽やかな足音を響かせた薄紅色の漢服に身を包んだ異国の少女がその前へと立つ。


「皆様。本日はお忙しい中、お越し下さりありがとうございます。何故集められたのか疑問に思っておられることでしょう。応帝陛下に我が儘を言いまして、わたくしが皆様をお呼びいたしました」


 応竜帝に背を向ける形で立ったクリスティアはまるでその代弁者かのように来賓者達を見回すと頭を垂れる。

 意外な人物の登場に皆、少しざわめく、


「なにか宴でも催すのかいお嬢さん?」


 ドンッと杖を一度、床に突きそのざわめきを制したのは黒族の首長である大巫女であった。

 この場の一番の年長者であり、しわがれた声で探るような眼差しをクリスティアに向けるその姿は会ったときに激高したときとは違い、落ち着き払っている。


「いいえ、宴……というには些か楽しみには欠けるものかと。本日、わたくしが皆様にお披露目させていただくのは先の賢妃である前紅龍妃、朝顔様の死についてですわ」


 ざわっと今度は大きなざわめきが起きる。


「あの子は自ら死を選んだと聞いているのだけれど……違うのかしら?」

「はい、蒼龍妃。わたくしの灰色の脳細胞が、彼女の死は決して自らが望んだものではなかったと結論づけましたわ」

「やはり!やはり朝顔は殺されたのか!?」

「あなたが考えているような直接的な方法ではないわ、夕顔」

「皆、静まれ。まずは話を聞くべきであろう」


 一人一人の顔を見回すクリスティアに応竜帝の声が響く。


 不安げに隣の応竜帝を見つめる蒼龍妃。

 自分達には関わりの無いことだと、興味を失する黒龍妃と大巫女。

 怯えその身を震わせ爪を噛む白龍妃と興味深そうに場を見つめる狛獅。

 そして怒りに瞳を燃え立たせる夕顔を心配げに見付ける朱南長。


 動揺する付き人達も皆が皆、この宴に引き込まれている。


「まず朝顔様がお亡くなりになったときの状況ですが、彼女が亡くなったのは雨が上がった時刻……つまり子三つ時(午前0時から30分までの間)が正確な死亡時間となります」

「何故、雨が止んでからだと?」

「簡単な話です。雨が上がっていなければ雨音に消されて聞こえない音があるのです」

「音?」

「そうです。それはこの事件においてとても重要な音となります。後宮のあの裏庭は建物に囲われているので声が反響しており玄武宮から朱雀宮までその声が届くようになっております。現にわたくしが玄武宮で大巫女様に掛けられたお言葉を白龍妃はハッキリと聞き取っており、紅龍妃も曖昧ですが聞き取っておりました」


 クリスティアのことを暗雲だと怒鳴ったあの声、それは間違いなく後宮に響き渡っていたのだ。


「そのある音とは……なんなのですかクリスティー様?」

「鈴の音です雨竜帝」

「鈴の音……?」

「そうです。それは黒龍妃が行った祈祷で鳴らしていた鈴の音です」


 それは後宮に住まう者ならば聞き覚えのある音でもあった。

 祈祷部屋は池側にも近く、あの小さな窓から漏れ出た音はよく裏庭に広がるように反響していたからだ。


 一気に視線が黒龍妃へと集まる。


 自分は無関係だと、真っ先にこの集まりに興味を失していた黒龍妃は、まさかの注目にクリスティアを睨みつける。


「それが……それが一体なんだというのだ。私はただ祈祷をしていただけだ」

「えぇ、そうです。ただ祈祷を行っただけ。ですがそれを利用されたのです。この国には生まれた子に鈴を送るという文化があるとお聞きしました」

「あぁ、そうだ。子の無事と成長を祈り母親が一番最初に与える贈り物が鈴だ」

「朝顔様は……黒龍妃が鳴らすその鈴の音を聞いて、その音に誘われて自ら池へと入ることとなったのです」

「ば、馬鹿なこと!私が誘ったとでもいうのか!?まともな者ならばそのような愚かなことせぬはずだ!」

「えぇ、そうです。まともならば……ではもしそのときの朝顔様がまともでない状態だったなら?その音は亡き我が子が助けを求め鳴らす音だと考える状況にあったとすれば?どうでしょうか?」

「……そ、そんなこと……」


 あり得るのだろうか。

 いや、子を亡くし精神的に弱っていたならば……あり得るかもしれない。


 心の傷は見えない、見えないからこそそれがどれだけ深く大きなモノなのか他者が知ることは出来ない。

 出来た傷は些細な切っ掛けで砕け散ることもある。

 朝顔にとってそれが鈴の音だったのかもしれない。

 自分がなにをしたのか、なんの一端を担ったのか理解し、黒龍妃は顔を青くすると唇を震わせる。


「そうだとしても……私には関係のないことだ」

「えぇ、そうです。そこに黒龍妃の責はありません。黒龍妃はあくまで民のために祈祷をされていただけなのですから……」

「クリスティー!だったら朝顔の、朝顔の死は!」


 自死だったのか!

 結局、自らその命を絶ったというのか!

 そうではないと信じて、クリスティアに助けを求めたというのに……。


 そう叫びたい気持ちを抑えた夕顔の泣き出しそうな表情を見てクリスティアは頭を左右に振る。

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