蒼龍妃②
「白龍妃の元へはたまたま狛獅様が贈り物をお持ちになられたところに出くわしまして……好奇心から中を見させていただきましたらそれが大変に上等な衣装でしたので、是非手に取り見たいと思いお伺いしたのです」
「そうなのね」
「実はその贈り物に関して少し気になることがあるのですが。薄紫色の衣と装飾品、それと本が一冊入っておりました。白龍妃は取り分けその本を見たときに酷く取り乱されたので……衣装に手を触れる前に宮を辞して来たのですが、なにかお心当たりはございますか?」
「本?」
「えぇ、金色の龍が表紙に描かれた本です」
「あぁ、それは恐らく龍の息吹という絵本だわ」
「うん?」
心当たりがあるのか、すぐに納得したよな声を上げた蒼龍妃は本のタイトルを口にする、
だがその本のタイトルを聞いて、夕顔は少し怪訝な顔をする。
「我が国に古くから伝わる神話の絵本よ。初代の皇太后が子供の寝物語にと本にしたの。昔、この地を守る四神が悪しき雲に覆われたとき、黄龍がその息吹を持って雲を打ち払い国を守る王となったという物語なの。だから我が国では応竜帝は黄龍の子孫として尊ばれているわ。私も同じ物を持っているから後程、侍女に持ってこさせましょう」
「まぁ、お気遣いありがとうございます……出来れば直接取りにお伺いしても?そのときに是非、碧馬の子にもお会いしたいのです。彼とは王国で親しくしていたものですから……」
「えぇ、碧馬の妻からも聞いています。勿論、構いません。朝顔の子の顔も見てあげて」
「感謝いたします、蒼龍妃」
「いいえ。青凜、準備をしてあげて」
「畏まりました」
後ろに控えていた年配の侍女、青凜に蒼龍妃が声を掛ければ青凜は頭を垂れて部屋を辞する。
侍女とは本来こうであるべきだ。
主人に尽くす侍女の背を満足げに見送り、蒼龍妃は少しだけ考える素振りを見せるとクリスティアを見る。
「白龍妃に送られた衣装は紫色だと言っていたわね」
「はい」
「我が国では紫色は高貴な色なの。黄龍が降臨した折、紫金色に輝いていたという言い伝えがあるから……金色は最も高貴な色で応竜帝を示す色ならば紫色はその血族を表すとされていて王子への贈り物としては特に喜ばれるわ。これはただの推測でしかないけれど、贈り物は応竜帝の正当な子を望むという意味を持たされていたのかもしれないわね。白龍妃はそれで少し気を悪くしてしまったのかもしれないわ」
「まぁ、そうなのですね……ですが白龍妃は前の紅龍妃を酷く虐めていたせいで応帝陛下からのお渡りがないとお聞きしております」
「それは……えぇ、そうね。あの子達は歳も近いということもあって最初の頃はとても仲が良かったのだけれど……朝顔に子が出来て二人の関係性も変わってしまったわ。応竜帝には白龍妃のことはもう許すようにと何度も言っているのだけれど……妃同士が争うことを極端に嫌う人だからどうしても許せないみたい」
応竜帝の母である廃された皇太后は他の妃や側室に苛烈な人だったという黒龍妃の話をクリスティアは思い出す。
そういう気質の人は大体において自身の子には過剰な関心か、もしくは徹底した無関心を貫く。
次代の王位を望まれた応竜帝は前者であったであろう。
ならば彼にとって、他の妃やその子供の死とは自身という存在によってもたらされたものと……そう考えるのかもしれない。
そうであれば、廃するほどに厭った皇太后と同じ振る舞いをする白龍妃のことをどうしても許すことが出来ないのかもしれない。
「白族はこういうもめごと何度か起こしていてその都度、諫めているのだけれど……この件は私から応竜帝に伝えておくわ。白族の首長には白龍妃に関わることを今後は控えていただくようにと文をしたためましょう、狛獅にもよく言っておくわ」
「白龍妃は酷く嘆かれておられましたので……それがよろしいかと思います。狛獅様とは親しいのですか?」
「えぇ、私の仕事を手伝ったりしてもらっているの。彼の薬の調合も私がしていて、応竜帝の宮にある私の執務室から後宮へと共に戻ることもあるわ」
「そうなのですね」
本当は応竜帝が慰めてあげるのが一番良いのだろうが期待は出来ないだろう。
宴の席で見た彼の態度。
蒼龍妃以外の妃には目もくれていなかったあの態度を見るに、彼にとって妻は蒼龍妃ただ一人だけであり。
彼女がなによりも大切なのだ。
「白龍妃ですが、出来れば仲の良い友人がお尋ねになられたら慰めになるかと思います」
「そうね、良い香を調合して私が顔を出しておきましょう」
自分の主人を嘲るように笑ったあの侍女(白蘭)には期待が出来ない。
ならば他の妃であろうとも気遣い、心温かい慰めを与えてくれるであろう後宮の主の慈悲をクリスティアが願えば蒼龍妃は深く頷く。
「因習というものは本当に困ったものね」
「……そうですわね」
「ふん、古いものなんてさっさと潰してしまえばいいのよ」
「古いからこそ多くの良きこともあるのだから難しいものよ。あなたとこうして気兼ねなく会えるのだってそういったしがらみのお陰でしょう?」
そうでなければ、妃ではなかった頃の夕顔が後宮に住まう蒼龍妃に頻繁に会えるものではない。
妃であればこそ、こうやって好きに会えるのだ。
その正論にムスッと唇を尖らせて不服を表す夕顔のその頬に、蒼龍妃が人差し指で突くように触れる。
「ほら見てクリスティー。私の可愛い子が拗ねているわ」
「蒼龍妃!私はもう子供じゃないよ!」
「あら、あなたはいつまでも私の可愛い子よ。そうそうこの子ったら子供の頃ね、私のお布団にもぐりこんで」
「わわわっ!なにを言うつもりだ!」
幼い頃のどんな痴態がその口から飛び出てくるか分かったものではない!
慌てて口を塞ごうとする夕顔にふふっと笑った蒼龍妃はその体をギュッと抱き締める。
うぅっと唸りながらもその胸の中で大人しくなる夕顔。
母と娘がじゃれるようなその様にクリスティアも肩を揺らし、微笑むのだった。




