蒼龍妃①
朱雀宮へと戻れば夕顔の元に客人が来ているらしく、案内された客間にはそれぞれの色の漢服を身に纏い仲良くお茶を飲む夕顔と蒼龍妃の姿があった。
「遅かったねクリスティー」
「えぇ、黒龍妃にお会いした後に白龍妃にお会いしておりましたから。蒼龍妃がお越しとは知らずにお邪魔してしまって申し訳ございません」
「いいえ、クリスティー。私はただお花を貰いに来ただけなのよ」
「あぁ、あの花を取りに庭に出たときに何処かで怒鳴り声が聞こえていたが、もしかしてお前なにかしたのか?」
「まぁ、こちらまで聞こえたのですね」
微笑みを浮かべて机の上を視線で示した蒼龍妃に釣られて見れば置かれた鉢植えには桔梗の花が咲いている。
朱雀宮の庭園に咲いている花を朝顔の子のために、わざわざ取りに来たのだそうだ。
「庭園はそれぞれの宮で随分と様相が違っておいでなのですね」
「そうね、一部植える花は決まっているけれどそれ以外は妃が自ら手を加えていることが多いからその人独自の好みが出てしまうわ。とはいえここの庭園は前の紅龍妃が手入れをしたままで……夕顔は庭の手入れに興味がないみたいなの」
「花のなにが良いのか分からないからね。薬草ばっかり植えてもいいなら考えてもいいけど」
「もう、これだもの……それを許したら花の一つも無くなってしまうわ」
苦笑う蒼龍妃にクリスティアも思わず笑う。
確かに夕顔ならば花よりも薬草で辺りを埋め尽くしてしまうだろう。
乾燥しすり潰して粉にするために、窓という窓に薬草のぶら下げた朱雀宮は立派な薬屋に変貌してしまうはずだ。
後宮という妃を囲う場所がそんなことになってしまえば応竜帝も大いに困るだろう。
いや、むしろ自分の勤めが一つ減り喜ぶだろうか。
「この桔梗はあの子が入宮したときに私が贈ったの。元々は私の庭に咲いていたものでね……とても大切にしてくれていたからあの子の子供にも見せてあげたくて……」
クリスティアは玄武宮から裏庭全体を見たときに青龍宮にも同じ桔梗の花が咲いていたことを思い出す。
同じ物が咲いているというのにわざわざ朱雀宮まで取りに来たのは朝顔の子供のため。
母を亡くした子の慰めになるようにという蒼龍妃の気遣いだ。
「あの子ね……言っていたの。もし私より先に天国へと行くようなことになったら……亡くなった私の子が寂しくないように一緒にいますって、だから私は安心して応竜帝の側で長生きしてくださいって」
「……蒼龍妃」
「私が先なのだからそんな心配はしないでいいと言ったのだけれど……子の事故が余程心に影を落としてしまったのね、そうはならなかったわ」
悲しげに瞼を伏せて紫色の花弁を見つめる蒼龍妃に夕顔が戸惑う。
蒼龍妃はいつだって後宮に居る者、全ての母のような存在であり、そう振る舞っていた。
優しく、慈悲深く、子を亡くしてばかりの彼女になんと声を掛ければいいのか分からず……ただじっと見つめる夕顔の視線を感じて、内に抱えた暗い気分を振り払うように眉尻を下げながらも蒼龍妃はニッコリと微笑む。
「寂しくなるばかりのお話しは止めましょう。黒龍妃と白龍妃の元へはなにしに行ったのかしら?」
「黒龍妃は高名な巫女だとお聞きしましたのでわたくしの王国での心配事をお聞きしていただくために……そういえば黒龍妃の元から帰る際に黒族の首長にもお会いしましたわ」
「あぁ、あの年寄りは黒龍妃の医師だからね。黒龍妃は私達より耄碌した年寄りのほうが信用出来るんだと」
「そんな風に言わないの。私の最初の子を取り上げてくれたのも彼女なのよ。私は青龍宮の蒼龍妃だから恨みも多いだろうに……」
「そうなのですね。わたくしを見て酷く興奮なされて……暗雲を連れていると、運命が黒く渦巻いているとおっしゃっておいででしたわ」
全然気にした素振りもなくニッコリと微笑んだクリスティア。
対して、顔を強張らせた蒼龍妃からは緊張感が漂う。
「蒼龍妃?」
「あっ、あぁ……ごめんなさい。昔、同じ事を言われていた人を知っているものだから……こんな可愛らしい子にそんなことを言うなんて、あの方もお年を取られてすっかり見る目が衰えてしまったのね」
「気にしておりませんわ。わたくし王国では赤い悪魔と呼ばれておりますもの」
「王国では何処へ行ってもクリスティーの評判は最悪だからね」
「まぁ、わたくしにだって良い噂の一つや二つくらいはあるはずだわ。それを覆い隠すほどに悪い噂が広まってしまっているのです、悲しいことに」
「どちらにしても覆っている噂が真実なら、悪いじゃないか」
「ふふっ。二人は本当に仲が良いのね」
赤い悪魔と呼ばれている彼女と初めて仕事で取引をするとなったときには一体どんな化け物が現れるのかと夕顔は構えていたが。
現れたのは天使と見紛うほどの可愛らしい少女で驚いたものだ。
とはいえ人の商売ギリギリの利益を遠慮なく責める様は実に悪魔的ではあったが。
悪魔に違いないと指摘する夕顔に、クリスティアは惚けるように悲しんでみせるのを蒼龍妃が笑う。




