白族②
「失礼でなければ、そちらの中にはなにが入っておられるかのお見せいただいても構いませんか?わたくし異国の品物にとても興味がございまして」
「どうぞ、大した物は入っておりませんが。新しい服や装飾品などを入れております」
抵抗なく開いて見せられた葛籠の中身は上等な素材の衣に煌びやかに輝く装飾品が入っている。
「まぁ、お綺麗な衣。白国は織物が盛んだとお聞きしたことがございます、わたくしも一着仕立てたいと思っておりますが人気な故に中々お目にかかれず……やはり妃への献上の品ですから最上級品なのでしょうね、是非白龍妃が着たお姿を見てみたいですわ。これはどなたからの献上品なのです?」
「首長からの献上品です。紅龍妃がクリスティー殿を招いてくれたお陰で宴の席が再開すだろうからと、気を遣ってくださったのです」
前紅龍妃が亡くなって控えられていた宴の再開は、その死になんら感慨の及ぼすことのない者達にとっては喜ばしいことだろう。
美しい布で誂えられた一式。
だがそれは考えようによってはお渡りのない白龍妃へのプレッシャーとなるはずだ。
その衣装を持って応竜帝を誘惑し、子を成すことがお前の役目だというように……。
「そうなのですね……是非、この衣装の全体を見せていただきたいので白龍妃にお会いしたいのですけれど、宜しければご一緒しても?」
「勿論ですとも。私はこれ以上、中に入ることは許されておりませんので……ご案内してさしあげなさい白蘭」
「はい、父上様」
「白龍妃には私が通すことを許したと伝えるといい」
我が物顔で白虎宮への出入りを許可する狛獅とそれを良しとする白蘭。
白龍妃の意思など最初から確認する気のないその態度に、これが自身の侍女だったらあり得ない対応だとクリスティアは心の中で呆れる。
主人に敬意を払い、忠誠を誓う侍女ならばまず面会を希望する客人が居ることを主人に伝えて会う意思があるのかを確認するものだ。
主人からの否が出ればそれが例え父親が許可した相手であったとしても、絶対に主人の元へと通さない……それが完璧なる侍女の役目だ。
「あなたは後宮に来て長いのかしら?」
「白龍妃の前の侍女から引き継いで一年程になります」
「そうなのね、前の侍女はどうしたの?」
「前の侍女は前紅龍妃の侍女が暇を出されたときに代わりにあちらの侍女となったのですが……あのようなことがあったので国へと帰りました」
クリスティアのことを良くは思っていないのだろう葛籠を持って足早に歩く白蘭。
侍女として新参者であるならば仕方なしの態度だが……恐らくはこれから先も彼女が良い侍女になることはないのだろう。
親の身分が彼女を傲慢にしているのだ。
流れるように過ぎ去る景色を楽しむことはなく、案内され辿り着いたのは白い虎の描かれた扉の前。
「白蘭でございます。首長様からの贈り物をお預かりしてまいりました。それと狛獅様より紅龍妃のご友人のご案内を賜りましたのでお連れいたしました」
「……どうぞ」
少しの沈黙は許可のない客人の来訪に不満があるからだろうか。
だがすぐに仕方なさげな声が中から響き白蘭が扉を開けば、閉じられた白い薄手のカーテンが揺れる窓際に飾られた一輪のペチュニアの花を眺めていた視線を気怠げにこちらへと向けた白龍妃が部屋の中央に座っている。
薄桃色に纏められた統一感のある室内は可愛らしく、棚の上などには犬などのぬいぐるみが飾られており少し幼い印象がある。
白龍妃の膝の上には蔓の伸びた作りかけの花の刺繍が乗せられている。
カーテンやテーブルのクロスなどにも刺繍が施されているので白龍妃の趣味なのだろうが……。
手元のそれに少しばかり違和感を持ちながらもクリスティアは部屋へと入ると頭を垂れる。
妃の部屋ということもあり丹黄は中には入らず入り口で待機している。
「お邪魔をしてしまって申し訳ございません白龍妃。白虎宮の前を通ったものですから是非ご挨拶をと思い、白獅様に我が儘を許してもらい会いに来てしまいましたわ」
「ふん、酷い匂い……朱雀宮と同じだとしても濃すぎるわ。黒族の女の所に行っていたのね」
手の裾で鼻を隠すようにして眉を顰めた白龍妃。
香の匂いが濃かったので衣服に匂いが移っているのは分かっていたが……ここに来るまでにすっかり鼻が慣れてしまったのか、クリスティアがあの香りを感じることはもう無かった。
「あの年寄りの怒鳴り声がここまで響いてた。あなたのことを暗雲だなんて失礼しちゃうわよね。気を付けなさい……黒族が使うのは幻術香。香りで酔わせて人を思い通りに動かすの。青龍妃の香になにを混ぜたか分かったもんじゃないわ。あの女が死ねと命じればあなただってあの池に浮かぶことになるんだから」
「香にお詳しのですか?」
「蒼龍妃に聞いて少しだけ……」
「そうなのですね、蒼龍妃とは親しくなさっておいでなのです?」
「健診をしてもらってるから……」
確かにあの香りは気持ちの良いものではなかったが、幻覚を誘発するような香りではなかった。
白族にとって黒族というだけで全てが怪しく見えるのだろう。
「先程、狛獅様ともお会いしましたし後宮はもっと閉鎖的だと思っていたのですが……思っているよりかは頻繁に外部の者との交流があるのですか?」
「親族は許可さえあれば外宮と内宮の境には割と簡単に入れるわ。男が更に内側に入るには、紅龍妃が連れている男と同じようにならないと無理ね」
それはつまり丹黄のような宦官にならなければならないということ。
そういうところはまだ厳しく制限しているらしい。




