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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
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黒龍妃③

「一つ、忠告しておく。この後宮が呪われているのは事実だ」

「…………」

「数え切れぬほどの女や子供の死が渦巻いた場所。特に応竜帝の母親である廃后は一際苛烈であった。私は幼い頃、大巫女様と共に幼巫女としてあの方に会ったことがあるが……あれはまさに黄龍国に巣くう暗雲だった」


 幼い頃の黒龍妃の眼に焼き付いた黒い、真っ黒い雲。

 その顔すら見えぬほどのどす黒さに覆われた廃后は前応竜帝の目に留まったモノ全てを憎み、嫉妬し、排除してきた。

 そして排除したそれらは彼女自身に取り込まれ、その身を穢す黒い雲となっていた。


 結局、皇太后にはなれなかった彼女は、廃された妃、歴代最悪の悪女としてその名を歴史書に刻まれることになる。


「前紅龍妃が亡くなったあの池は他にも数多の死を飲み込んでいる……雨竜帝の母君もそうだ。あの子と同じく睡蓮の中、美しく揺蕩っていたそうだ」


 ゆらゆら、ゆらゆらと。

 薄桃色の花に囲まれながら揺蕩っていた女達。

 自分が見た朝顔の姿を思い出したのか、黒龍妃は悲しげに瞼を細める。


「今では黄龍を天へと帰さないためだと言われているが本来私達、黒族にとって池の周りに飾られた毒草は悪い気を宮の中へと入れないための結界の役割だと考えている。水場にはそういった悪い気が多く集まるゆえ毒を持って毒を制しているのだ。前紅龍妃は子が生まれてからその結界のことを厭い、間引いていた。悪い気を宮へと入れる隙を自ら与えていたのだ。後宮を乱す異国のお嬢様、あなたも気を付けるといい。前時代の呪いはいつでも牙を剥こうとあの池を揺蕩っているはずだ。覗き込むことは飲み込まれること、あの池は思っているより深く暗いのだから」


 シャンと鳴った鈴の音で線香の香煙が消え、黒龍妃の話に直向きに耳を傾けていたクリスティアは正気を取り戻したかのようにその忠告を耳に入れる。

 その忠告だけはまるで不本意であるかのよう、クリスティアの耳に入ったのだ。


「ご忠告、感謝いたします。ですが元より呪いなど信じておりませんわ。わたくし自国で何度が呪術を試したことがございますが……誰一人として不幸には見舞われたことはございませんでしたし、勿論わたくし自身にもなんの影響もございませんでした」

「ふっ、それは剛胆な」


 王国で居なくなったクリスティアを探そうと、右往左往しているであろう幼なじみ達は皆、呪いをかけてからも息災に過ごしている。

 クリスティア自身にも呪いが返ってきたことはない。

 だから大丈夫だと言うように、その杞憂に礼をしたクリスティアを見て、であれば問題はないだろうと口では言いつつも黒龍妃はその慢心さを薄く笑う。


 呪いというものはいつだって知らず知らずのうちに心の隙を付くもの……王子を亡くし深く嘆き悲しんでいた前紅龍妃のように、一族に責められ孤独に苛まれる白龍妃のように。

 弱く幼い心はあっという間に飲み込まれてしまうであろう。


 不安を煽る笑みを見せた黒龍妃の居る噎せ返るほどの香の香りが立ちこめた祈祷室を辞してクリスティアは一つ深く息を吸って吐き出す。

 衣服に纏わり付く香りは消えないものの、体内に吸い込まれた香りは存外早く解けるようにして消えていった気がする。


 なんだか目が覚めるような、頭が冴え渡るような、そんな気分で玄武宮へと来たついでに黒龍妃が遺体を見たという渡り廊下をクリスティアは歩く。

 丁度玄武宮と白虎宮との境にあるその廊下はアーチ状になっていて、緩い勾配を上りきった中程でクリスティアは立ち止まる。


 少し遠くに朱雀宮の庭が見える。


 思っているよりかは遠くの景色まで見渡せることに感動しながら裏庭を見渡す。

 庭はあまり手入れがされていないように見えるがそれもまた趣なのだろう。

 池まで進みたければ多種多様な草花を掻き分けるしかなく、真っ直ぐに伸びた草花は風に揺れている。

 時期が来ればこの庭には彼岸花が咲き誇るのだろう。

 自身の家門であるその花が美しく咲き誇る様を見られないのは残念だとクリスティアは思う。


 水は悪い気の集まる場所。


 黄龍を留めるためではなく毒を以て毒を制する結界。


 黒龍妃はそう言っていたが、真っ直ぐに伸びた赤い花弁が池へと向かって風に揺れる様はきっと少しずつその毒を水面へと落としているかのように見えるであろう。

 悪い気とはつまり池から湧き出るものではなく、毒草の持つ毒なのではないかしらとクリスティアが思っていれば、こちらに向かって来るコツリコツリという足音ではない音が響き視線を向ける。


 向かい側から杖を付いた老女が歩いている。

 頭巾を被った黒い千早の巫女姿。

 足が悪いのか左足を少し引き摺るようにして、腰を曲げ俯き、よぼよぼと……。


 その老女は進む先にクリスティア達が居たことに気付いたようで、歩みを止めるとゆっくりと顔を上げる。

 垂れ下がった瞼から覗く薄茶色の濁った瞳。

 クリスティア達をその視界に入れた瞬間、垂れた瞼を見開き体を震わせる。


「なにを連れてきた!」


 弱々しいその姿からは想像できないほどの怒鳴り声。

 空気が打ち震えるほどのその声を突然に受け、驚いたクリスティアを庇うようにして丹黄が前に出る。


 皺の刻まれた人差し指が震えながらこちらへと向かう。


「暗雲だ!そなたは暗雲を連れておる!あぁ恐ろしい!あの女と同じ!運命が黒く渦巻いておる!去れ!早くここから去れぇぇ!」


 なにかを追い立てるように、立てられるように怒鳴った老女は杖を欄干に叩きつけながらクリスティア達を威嚇する。

 そのあまりの剣幕に、危険を感じた丹黄がその杖を奪う。

 杖を奪われながらも怒鳴り声を上げ続けるその声を聞いて、玄武宮に居た侍女達が慌てたように駆け寄ってくる。


「大巫女様!」

「戻ってきたのだ!あの暗雲が!」

「申し訳ございません、大巫女様はお年を召されておいでで……」

「いいえ、気にしておりません」

「出て行くのだ!早くこの国から出て行け!」


 丹黄から杖を受け取り、無礼を詫びるように頭を下げた侍女達に支えられながら去って行く老女。

 その耳に残る鬼気迫った声に急き立てられるように、クリスティア達は玄武宮を後にするのだった。

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