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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
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黒龍妃②

「生憎と私は他の妃達と親しくはしていない、私は訪ねられることはあっても訪ねることはないゆえ。それに宴の席でも言ったように尊きお方である応竜帝のお子を呪うくらいならば同じ妃を狙っていただろう。だが一体なんの徳がある?私が男子を産むならまだしも……女しか産まない役立たずなのだから」

「「……黒巫女様」」


 自身を責めるような黒龍妃の様子に二人の幼巫女が悲しげな表情を浮かべる。

 そんな二人を見た黒龍妃は慈愛に満ちた、柔らかい表情を浮かべ笑む。

 この国の男尊女卑は思っているより根強いのかもしれない。

 ならば最初の子が姫であった黒龍妃が他の妃の子を狙うのは道理があわないだろう、王子でなければ帝位に就くという点では意味がないのだから。


「とはいえ妃を呪ったところで新しい妃が迎え入れられたら意味はないと……そう思わないか?」

「では、男の子を産んだ白龍妃……特に前紅龍妃は現時点で雨竜帝の次代の子をお産みになられたわけですが、それに対しての嫉妬心はなかったと?」

「……なかったと言えば嘘になる。白龍妃のときは特に。祝いの宴も贈られる品物の数も王子と姫とでは全部が全部、違ったから。でもね異国のお嬢様。自分の子が生まれたとき、この腹から出てきて私を母にしてくれたとき……そんなものは全てどうでも良くなるものだ」


 全身を貫くような痛みと苦しみの中から生まれた我が子をこの腕に抱きその泣き声を聞いた瞬間、涙したことを忘れはしない。

 それまで抱いていた王子への嫉妬心などこの胸から消え去り、我が子が無事に生まれたことへの感謝しか抱かなかった。


 その時に感じた気持ちを思い出すように黒龍妃が腹を撫でればその腕でチリンと鈴が音を鳴らす。

 宴のときにも付けていた同じ腕輪だ。


「その鈴は……」

「私の子の鈴だ。私が母から譲り受けた鈴はあの子に持たせている。共には居られないからせめて私を感じられるようにと、私の鈴と交換したのだ」


 後宮から自由に出ることの出来ない黒龍妃は国に預けた我が子と頻繁に会えるわけではない。

 だから側に居られない子が母のことを思い出せるように、その寂しさが少しでも紛れるように……。

 鈴を鳴らす度にあなたの安寧を祈っているのだと伝えて鈴を交換したのだとチリンと鳴らす。


 その物悲しい音に、ふっと黒龍妃は思い出したように顔を上げる。


「そういえば……あの日、祈祷を終える頃に雨音が聞こえないと思ったんだ」

「あの日……とは?」

「前の紅龍妃が亡くなった日……あぁ、そうだ。だから私は一瞬、雨が止んだのだと思ったのだがすぐに雨音とそれに紛れてなにか音が聞こえて……」

「音?」

「あぁ、そうだ……あれは死んだあの子の子の鈴の音だったのかもしれない」


 弱く池の水面を叩いていた雨音が聞こえなくなった気がして祝詞を唱えながら黒龍妃は頭上の格子窓の外を見たのだ。

 だが暗がりでは雨が降っているのかどうかが見えなかったが、すぐにバシャリバシャリと激しい水音が聞こえたので祈祷を続けた。


 今思えば、その水音の中に鈴の音色のようなものも混ざっていたような気もする。

 そうして暫くして祝詞の間に訪れた静寂に耳を澄ませると、聞こえなくなった雨音に雨が止んだことを黒龍妃は悟ったのだ。


「その日に祈祷をされることをご存じだったのは?」

「皆、知っていたはずだ。私は祈祷前には誰もこの宮に来ぬように先触れを出す。応竜帝のお渡りなども遠慮してもらっている」


 神聖なる儀式を邪魔されぬように、黒族以外の者を宮に入れることがないようにしているのだ。

 自然とクリスティアの良いように話を引き出されているとはたと気が付いたのか、溜息を吐いた黒龍妃は前に置かれた香炉に新しい線香を立て火を付ける。


「いいか、異国のお嬢様。白龍妃になにを言われたのか知らないが、私からすれば白族の言葉を信じるほうが愚か者のすることだ。あの一族の業はそれは深い」

「業……?」


 唐突に黒龍妃がシャンっと鳴らしたのは神楽鈴だった。

 その音にピクリと反応したクリスティアの背筋が伸びる。

 一筋の香煙がクリスティアへと渦巻くように伸び、その香りに乗せられた黒龍妃の声は謀りなどない本意を語る者の声のようにこの耳に届く。


「黒族はいつだって傍観者だ、だからこそ愚かではない。白族の先祖は元を辿れば応竜帝の血筋。故に誰かの下に下るのではなく上に立たなければ気の済まない性分。前応竜帝の時代のことも被害者ぶってはいるが、元々白族が赤族を取り立てたのは自分達が帝位を簒奪したいという思惑があったからだ。愚かな野心を抱いた結果は史実の通り……赤族に裏切られ、白族は多くの犠牲者を出した」


 他族を愚かだと嘲り利用しようとした結果が前応竜帝の時代の白族。

 そして今も尚、白族はその愚かさを捨てきれずにいるのだと黒龍妃は告げる。


「白龍妃も、元はといえば中央と繋がりのある相手へと嫁ぐはずだった。だが応竜帝が蒼龍妃以外の妃を受け入れると決めたことによって首長の妹だからという単純な理由から応竜帝の徳妃となったのだ。実に私欲に塗れているとは思わないか?首長の妹が子を孕み王子を産めば権威を望む白族にとってこんなに喜ばしいことはないであろう。実際、王子が生まれたときは一部の白族の者達は自分達が次代の権威者であるかの如き振る舞いであった。それも王子が亡くなるまでだったが……」


 黒龍妃のそれは嘲りではなく憐れみに似た感情であった。

 一族という足枷によって囚われ、期待に添おうと努力する白龍妃はこの後宮の中で一番自由のない憐れ者だというように。


「愚かな女だ。妄執に囚われ続け、あのような傲慢な振る舞い続ければ応竜帝の足はますます遠のくであろう……さすれば他の者達からの批判は免れないはず。首長の妹ということだけがあの女を支えている土台だ。その土台が無くなれば、あっという間に徳妃の容姿は別の者の姿へと変わるであろう。そういった不安から子の居る私を目の敵にし、王子を産んだ前紅龍妃には恐怖心を抱いたはずだ。白族の子を帝位にと望まれながらも王子を孕まぬことはあれらにとって十分に咎のあることであろうから」


 もし白族が前紅龍妃の事件に関わっているのだとしたら、前紅龍妃が王子を産んだことは十分すぎる引き金となったはず。

 長らく虐げられていた白族にとって今や自分達が誰よりも高い地位へと立つことが悲願となっており、他の者が、他の一族の王子が帝位に就くなどあってはならないことなのだ。


 それが裏切り者の赤族の子ならば尚のこと。


 帝位から遠ざけるためには手段を選ばなかったかもしれない。

 そしてこれからも……王子が生きている限りそれは講じられ続けるはずだ、幼い頃の雨竜帝のように。

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