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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
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黒龍妃①

 翌日からクリスティアはまあまあに忙しい日々を過ごすこととなった。

 まず午前中は夕顔もしくは丹黄に連れて内宮の散策(主に池の周り)。

 午後は雨竜帝に連れられて外宮にある広間でダンスレッスン。

 そして空いた時間は全て事件の資料に目を通して不審な点がないかの確認に時間を費やしていた。


 現応竜帝が即位してから前紅龍妃が亡くなるまでの後宮での死者はそう多くはなく、やはり子の死亡率が高い。


 時系列としては、

 まず蒼龍妃の第二子である王子が病死。

 白龍妃の侍女が首を括って自死。

 蒼龍妃の第一子である姫が事故死したほぼ同時期に白龍妃の第一子である王子が病死。

 前紅龍妃の第一子である姫が事故死。

 前紅龍妃が自死。

 白龍妃はその後、何度か懐妊しているようだが診察の記録が数ページ残されているもののその後の記載はない。

 流産の記録はどうやら残していないようだ。


 特に不可解な点はない記録。

 感情の伴わない文字の羅列は起こったことだけを冷静に分析する上では役に立つが、その内に抱えられた不信感や疑心を感じることは出来ない。

 妃達に直接話を聞ければいいのだが、進んで子や妃の死に関する話をしてくれるとは思えず停滞する捜査にどうしたものかと悩んでいたところで……。


 意外にもクリスティアを自身の宮へと呼び寄せたのは黒龍妃であった。


「ご挨拶申し上げます黒龍妃。本日はお茶の席へお呼びくださいまして感謝を申し上げます。わたくしの心配事をお聞き下さる……というわけではなさそうですが」


 宴の席でクリスティアの話を聞く対価として求めた一芸が大盛況となり、気まずそうに視線を逸らしていた黒龍妃。

 あれから音沙汰が無かったので話を聞いてもらうという建て前で話を聞くことを半分諦めて別の方法を考えようとしていたクリスティアだったが、今日になってお茶をご一緒にしようというお誘いがあったのだ。


 交流を深めようという名目で呼び出され、迎えに来た侍女に案内された部屋はどう見ても客間ではない。

 祈祷部屋なのだろうか。


 噎せ返りそうなほどのお香の匂いが部屋に充満しており、部屋の中央に注連縄があり、一番奥に祭壇が飾られている。

 籠もっている香りは朱雀宮で香っていた匂いによく似ている気がする。

 確か、蒼龍妃が調合している香で皆に配っていると夕顔が言っていた。


 入ってすぐ左右の壁に白衣に緋袴姿の幼い巫女達が薙刀を持ち警戒するように立っており、部屋の中央奥、祭壇の前には同じく白衣に緋袴の上に千早を羽織った黒龍妃がこちらを見据えるように座っている。

 薄暗いその部屋の明かりは燭台にある数個の蝋燭と黒龍妃の頭上にある小さな格子窓の一つだけだ。


「前置きはいい異国のお嬢様。今日あなたを呼んだのは忠告をするためだ」

「クリスティーですわ黒龍妃。忠告とは……穏やかではないと思うのですけれど」


 開口一番に告げられた険のあるその言葉に護衛として共に訪れていた丹黄がクリスティアを守ろうと前に出る。

 宦官といっても男、女性を重んじる黒族の玄武宮に共に入るのは随分と渋られた。

 だが夕顔より絶対にクリスティアの側を離れるなという厳命を受けているせいか共に中に入ることを譲らなかった丹黄に、男というだけで強い警戒心を顕わにしていた黒族の幼巫女達は、丹黄が動けば持っていた薙刀を構える。


 両者の間で流れる緊張感。


 だがそれを黒龍妃は手を上げ制する。


「敵意はない。あなたが色々と負の気を持ち込んでこの後宮にばら巻いているというお告げがあったのだ。この国を乱す暗雲……即刻に国へと帰るといい」


 黒龍妃に制されて構えていた薙刀を渋々と収めた幼巫女達。

 丹黄もクリスティアが止めるようにその腕に触れてきたので、一度頷くと後ろへと下がる。


 黒龍妃の警告は恐らく何処かでクリスティアがこの後宮の死について探っていることを聞いたからだろう。

 ならば隠す必要もなし、話を聞けたらとも思っていたところなので丁度良いと。

 他の国を憂えたりなどしない暗雲と評されたクリスティアはその通りだというように微笑む。


 それにしてもこの匂いは濃く、酔いそうだ。


「いいえ、黒龍妃。わたくしはこの後宮に巣くう負をむしろ払いに来たのです。そう、前紅龍妃の死は特に不審で……大変興味深い事件だとは思いませんか?」

「この無礼者!」

「死を弄ぶなどなんたる不浄!」


 朝顔の死を事故ではなく事件として敢えて強調したのは黒龍妃の反応を見るためだったが、特別な反応はなく。

 代わりに幼巫女達が声を荒げる。


「まぁ、申し訳ございません。ですが未来を見通せるという黒龍妃に隠しごとは通じぬこと。わたくしが事件に興味を持ったこともその神通力でご存じのようでしたし……そうではございませんか?」


 それがどのような方法によって手に入れた情報なのかは分からないが、過程などどうでもいいことだと告げるように黒龍妃の力を賛美する。

 信じていないくせに信じているかのような白々しいクリスティアの振る舞いを黒龍妃は不愉快そうに眉を顰めたものの、否定はせずに黙する。


 格子窓から差し込む明かりは黒龍妃だけを照らしだしている。

 この壁一枚隔てた先には件の池が広がっているはずだ。


 だがあの窓から見えるのは空だけ。

 外の景色を見るためのものではない。


 まるで牢獄のようなこの部屋からは人の思惑も香りも逃げられずに滞留し続けている。


「前紅龍妃のお話しは友人である現紅龍妃である夕顔からよく聞いておりました。その死が呪いであるというお噂が広まっているとか……黒族は祭祀を取り扱うとお聞きしましたがそういった呪い事に見識があると思うのですけれど、どう思われますか?」

「無いわけではないが……だが人の意思を操り自ら命を絶つ呪いなど存在しない。そんなものがあればこの世は全て黄龍国になっているであろう。そうは思わないか?」


 宴の席でも見せた挑むような黒龍妃の眼差し。

 確かに、そんな呪いが存在するのならば黄龍国ですら黒族のモノとなっているに違いないとクリスティアもニッコリと微笑む。


「そうですわね、ご尤もですわ。黒龍妃のお子様がご無事なのを見るにそういった魔のモノを打ち払うお力がお強いのかと邪推してしまっていたようです」


 蒼龍妃は二人の子を、白龍妃は侍女と子を、そして前紅龍妃は最初の子と自らの命を。

 この後宮で唯一、誰の死も経験していないのは黒龍妃だ。

 視線を少し下げてその膨らんだお腹をクリスティアが見れば、黒龍妃は庇うように両手で擦る。


「愚かな。私が他の妃の子達を呪っていたと、そう思っているのか?」

「お心当たりがございますか?」


 その問いは宴の席で喝采を浴びた余興に対する対価だ。

 答えを求める強欲な緋色の瞳を見つめ返した黒龍妃は心の底から愚かだと言わんばかりに溜息を吐く。

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