歓迎の宴⑤
「では、黄龍国でのデビュタントとなりますのでリズミカルにウィンナ・ワルツで」
客人が仮面の男を連れて舞台上に現れたことによりなにが始まるのかとざわめく観客達。
クリスティアの指示に口角を上げると、コクリと頷いた丹黄と向かい合いまずお互いにお辞儀をする。
そして丹黄が手を差しだし、その上にクリスティアが手を重ねると互いの肩と背に手を添え身を寄せ合い、一歩足を踏み出し軽やかに軽快に踊り出す。
「わぁーー!」
夕闇の中で浮遊する魔法道具のランタンに明かりが灯り、歓声が広がる。
くるりくるりとドレスの裾が揺れ、薄明かりの中で金の髪が舞う。
その幻想的な光景に見惚れていた楽団は慌てながらつたない音を奏でだす。
(とても踊りやすい)
それは婚約者であるユーリと踊るときよりもずっと。
流れる音楽が消え、歓声も聞こえず、訪れる静寂。
この世界に二人だけ。
まるで美咲がいたあの部屋のように。
ベッドの横、椅子に腰掛ける先生と二人だけの世界。
低く、美咲だけの耳に届く優しい物語を紡ぐ声音を思い出し、郷愁に駆られてじっとその仮面の奥にある瞳を見つめれば、丹黄の口角がにこっと上がると腰を引かれ体を持ち上げられる。
「あははっ!」
宙に浮いた体がクルリと回り風を感じる。
クリスティアは一瞬、驚いたもののすぐにそんな軽やかさが嬉しくなって……。
あぁ、私は今なんの不自由もなく自由なのだと、声を出して満面に笑えば丹黄も満足したように微笑んでいる。
そして地面に足が付くと、二人で応竜帝へと向き直り頭を垂れてこの舞台の終わりを告げれば、歓声と共に拍手が湧き上がる。
「ありがとうございます丹黄様、とても素敵なデビュタントでしたわ」
予想以上の歓声を受けながらお礼を口にするクリスティアに自分もだというようにコクリと頷いた丹黄。
まだドキドキと高鳴っている心臓。
心地よい昂揚を胸に抱えて舞台から降りれば、少しばかり不満そうな雨竜帝がクリスティアへと手を差し出す。
「とてもお上手でした……」
「ありがとうございます雨竜帝。パートナーが素晴らしかったのですわ」
夕顔の元へと戻った丹黄もからかわれているのか、ニヤニヤする夕顔になにか言われ困ったようにしている姿を横目に、クリスティアは雨竜帝に連れられて応竜帝の前へと出る。
「あぁ、本当に素晴らしかった。髪の色も相俟って我が国の守護龍が舞っているようだった」
「まぁ、過分なお褒めのお言葉をいただき恐縮です」
応竜帝の最大級の褒め言葉に謙遜しながらも満足し、クリスティアが黒龍妃へと微笑みを向ければすぐに視線を逸らされる。
思っている以上に余興が上手くいき気まずいのか、それともその舞い踊る姿に神を見て気後れしているのか……この宴で二人の視線が合うことはもうなかった。
「我が国はこれからもっと外界へと窓口を大きく広げていくつもりだ。どうだろうか、そなたが我が国に居る間、私にも舞踊のご教授を、あいたっ!」
身を乗り出した応竜帝の膝を蒼龍妃が扇子でパシンと叩く。
「無骨なあなたにあのような繊細な舞いを踊ることなどできません。それにあなたは早々にこの国からは動けませんから、舞踏を披露する機会などありませんでしょう。クリスティー、是非雨竜帝にご指南いただいてもよろしいかしら?今後はこの子が外界との窓口となるでしょうから一度の失敗で不得手のままでいるのは問題だわ」
「蒼龍妃!」
まさかの指名をされ、雨竜帝が慌てたように声を上げる。
「まぁ、勿論ですわ。わたくしがパートナーで雨竜帝にご不満がなければ喜んで」
「不満だなんてそんな……あの是非、お願いいたします」
思いがけない挽回のチャンスを得て照れたように嬉しそうに頷いた雨竜帝を見て、全く残念そうではない応竜帝が肩を竦ませると蒼龍妃の方へと体を寄せる。
「我、妻のお節介は天井知らずだな」
「あら、私はいつだってあなたと雨竜帝のための青い鳥ですから」
若い二人を慈しむように見つめる蒼龍妃の微笑みを見つめ、確かにずっとそうであったとクツクツと肩を震わせ笑う応竜帝は愛おしげな眼差しを彼女へと向けていた。
 




