歓迎の宴④
「若い子と踊る良い機会ですよ応竜帝」
「私が踊れないことは知っているだろう蒼龍妃。雨竜、お前はどうだ?」
「いえ……私はその……幼い頃、クリスティー様にお相手をしていただいたのは良いのですが足を踏んでしまって……それ以来ダンスは苦手で……」
「ふふっ、懐かしい思い出ですわ」
それは雨竜帝がラビュリントス王国へと来て3年ほど経った頃に開かれたパーティーに初めて参加した出来事。
黄龍国の使者が訪れる数少ないパーティー。
王国で忌避される黒い色を持つ使者達は嘲笑や侮蔑と言った視線を王国の者達から注がれる中、その国の王子であり保護されている身である雨竜帝は肩身が狭く縮こまっていた。
そんな視線達から雨竜帝を連れ出したのはクリスティアだった。
中央のダンスホールで子供らしく奔放に、雨竜帝の手を引き踊る。
微笑みを浮かべ自由に踊る姿は雨竜帝の気を楽にさせたせいか……何度も彼女の足を踏みつけてしまったのだ。
パーティーが終わったあと、兄が寄越した使者に今暫くこの国で安全に過ごして欲しいと告げられ、まだ国に帰れないことに落胆した気持ちを抱えた雨竜帝は碧馬を連れて王宮を散歩していた。
そして辿り着いた人気のない中庭で視界に入ったのはベンチに座るクリスティアとその前に片膝を立てて座るユーリの姿だった。
『君の足は鋼ではないのだから、少しは痛む素振りを見せたらどうだ』
ユーリが眉尻を深く寄せて、持ち上げたクリスティアの赤く腫れた足に氷嚢を当てている。
強く踏んだつもりはなかったのに!
子供の柔肌は思っていたよりも弱かったらしく、赤くなっているその足に驚き、謝ろうと近寄ろうとした雨竜帝はだがその足を止める。
クリスティアがとても美しく、優しく微笑んだからだ。
『あら、わたくしだって最初はお父様の足に乗りダンスを覚えたのですからこれくらいの重み、なんてことございませんわ』
その冷たさに一瞬、肩を跳ねさせたものの、すぐにクリスティアはあっけらかんとした明るい声を上げる。
その声にユーリは、君は彼の父親ではないだろうとその視線で訴えている。
『足の痛みも感じぬほどに心の痛みのほうが強かったのです』
咎めるような視線を受けて、困ったように眉尻を下げたクリスティア。
望んだわけではなく異国へと送られることとなり一人孤独に耐える幼い少年へと向けられる無遠慮な皆の視線。
足を踏んだと知られればそういった者達から嘲笑われる恰好の餌食となるだろう。
あの場でそういった嘲りを上手く躱し、主役を霞ませるほどの道化になれるのは自分以外にはいなかったと暗に伝える。
現に、雨竜帝の失敗を期待する者達はクリスティアの自由な振る舞いに目が向き、そのことへの非難と嘲笑で盛り上がっていたのだから。
クリスティアの目論見通りとなった大人達の愚かさに深い溜息を吐き、その足を冷やし続けるユーリ。
そんな二人の姿を見て雨竜帝は、二人の間に結ばれた信頼を羨みその場を去るしかなかった。
彼女から与えられた静かな優しさを受け取るにはそれが良いと思ったから……。
こうして全てが苦い経験となった初めてのパーティーでの思い出は、すっかりダンスに苦手意識を植え付けた。
雨竜帝はそれから王国で開かれたパーティーには極力参加をせず、パートナーが必要なダンスは踊っていない。
踊ろうとも思わなかった。
ユーリとの婚約が決まっているようなクリスティアともう一度、踊る機会など無いと思っていたから……。
それが今、こんな形でチャンスが訪れるなんて。
こんなことになるのならば苦手なダンスを克服していれば良かったと、あのときの挽回ができる機会を失したことに残念だと肩を落とす雨竜帝にパートナーの期待をしていたクリスティアは、相手がいなければ踊れないのだがと困っていれば……黒龍妃の挑発を聞いていたのだろう、夕顔が声を上げる。
「踊るのかクリスティー?ならば私の宦官を使うといい。あれは私が王国へと連れて行っていたから出席したパーティーでも私の相手を務めていた。それにクリスティーは一応婚約者のある身、タマがある男よりタマの無い男のが良いだろう」
「もう紅龍妃、言葉を選びなさい」
大きな声でタマを連呼する夕顔を蒼龍妃が困ったように咎めれば、ペロリと舌を出す。
それはまるで母親に甘える子のようで、クリスティアはクスクスと笑う。
「わたくしは踊ってくださるならばお相手はどなたでも構いません。では丹黄様……お相手をお願いしても?」
紅龍妃の後ろで待機していた丹黄にクリスティアが差し出した手を向ければ、丹黄は戸惑い夕顔を見る。
その夕顔に顎で行けと指示をされ、諦めたように肩を上げると頷いた丹黄色はクリスティアの手を取り、舞台の中央へと歩み出る。




