歓迎の宴③
「黒龍妃が妖術を使うとは事実なのですか?」
「いえ……巫女の家系だからそういった噂があるだけで……」
なにか思い当たることでもあるのか、口を濁したような言い方をする雨竜帝。
この場では言い辛いことなのかもしれないので詳しく聞くことはせず、クリスティアは黒龍妃の前へと進み出る。
オニキスの宝石が揺れる額飾り、黒い漢服の胸元には陰陽の刺繍。
妃の中では一番彩りの少ない衣装で、そのお腹はふっくらと膨らんでいる。
「ご挨拶申し上げます黒龍妃。クリスティア・ランポールと申します、どうぞ親しくクリスティーとお呼びください」
「あぁ、よろしく」
「お近づきのしるしに一杯注いでもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
明確に、口をつけるつもりはないという意思表示なのだろう。
持ち上げられることなく、膳に置かれたままの杯にクリスティアは気にすることなく果実水を注ぐ。
「お体の大変な時期だというのに、こうしてお目にかかれて嬉しく思います。体調は問題ございませんでしょうか?」
「応竜帝から是非にと直接のお誘いを受けたのだからお断りする理由もない、体調も問題ない」
つっけんどんな言い方はクリスティアを警戒しているからか、それとも元からなのか。
進んで参加したわけではなく、仕方がなかったと言わんばかりに黒龍妃は膨らんだお腹を撫でる。
「安心いたしました。あとどれほどでお生まれになるのでしょう?」
「……さぁ、どうだろうか。中の居心地が良ければ長くなるだろう」
クリスティアを醒めた眼差しで見つめる黒龍妃は固く口を結ぶ。
子のことを聞かれるのは嫌なのかもしれない。
確かに国の跡目に関わるようなデリケートな話題。
他国の人間にそう易々と教えるわけがないかと、不躾な質問だったとクリスティアは話題を変える。
「黒龍妃は巫女でも在らせられるとお聞きいたしました、とても不思議なお力をお持ちなのだとか……」
「ハッ、白龍妃に聞いたのか?」
眉を顰め口角を上げた黒龍妃は呆れた吐息を漏らす。
どうやら二人の仲の悪さは事実なようだ。
「私が王子を呪ったと宣っていて困っているのだ……ほんとうに、浅はかな女だ。私の力は神聖なもの、罪のない子を呪うくらいならば罪多きあの女を呪っていた。あなたがなにを信じるのかは勝手だ、だがあの女は自身の言霊に囚われているだけだ」
黒曜石のような黒い瞳。
その暗く深い色は人の胸の内を探ろうとクリスティアをじっと見つめる。
「巫女だということは友人である紅龍妃からお聞きしたのです黒龍妃。白龍妃は身重のお体をご心配なされておいででした。果実水をあまり進めるなとご忠告くださいましたわ」
「……あぁ、そうか。だが必要の無い忠告だ」
元々飲む気はないと言わんばかりに注がれた果実水へと視線を移した黒龍妃。
その表情には心底の同情心が混じっている。
一体なんの同情心なのか……それは黒龍妃にしか分からない。
「実はわたくし王国で少し困った立場に立たされておりまして……もしお時間などあればお力をお貸し下さいませんか?」
「……話を聞くことなら出来るが、あなたが期待しているような力を貸すことは出来ないだろう」
「えぇ、勿論ですわ。お話しをお聞き下さるだけで十分です」
黒龍妃は明確に断っているつもりなのだが、それを意に介さないクリスティア。
眉根を寄せて眼差しを伏せた黒龍妃は、それならばと帯に挿していた扇子を徐に抜き取る。
「そうだな、だったらそれなりのお礼というものが必要だ。私の力は高潔なるものなのだから」
丁度、舞台上で披露されていた演舞が終わり、客席からは拍手と歓声が上がる。
その音を耳に入れながら黒龍妃は挑むようにクリスティアへと向かって抜き取った扇子を突き刺すように差し出す。
「是非、一芸いただけるか異国のお嬢様?芸が気に入れば、考えよう」
黒龍妃の腕輪に付いた鈴がチリンと鳴る。
差し出された扇子を見つめ、微笑んだクリスティアはそれを受け取ると自身の帯に挿す。
そして黒龍妃の前から立ち上がると再び応竜帝の前へと歩み出る。
「応帝陛下、このように素晴らしい歓迎の宴を開いてくださり本当にありがとうございます。是非、感謝のしるしを皆様にご披露したいと思うのですが、宜しいでしょうか?」
「ん?あぁ、構わないが……」
蒼龍妃と話をしていて黒龍妃がクリスティアを挑発していることに気が付かなかったのだろう。
頷いた応竜帝にクリスティアは頭を垂れる。
「では、わたくしの国では一人で踊る舞というものはございません。必ずお相手が必要となるのですけれど……どなたかお相手をお願いしても?」
誰かこの手を握ってくださるかしら?と手を差し出したクリスティアに戸惑いの空気が流れる。
黄龍国で王国式のダンスを踊れる者はそう多くはない。




