事件時の取り調べ④
「黒龍妃は玄武宮で祈祷をされるのですか?」
長雨が続くので日の入りから日の出の時刻(午後6時から午前6時まで)までの間、雨が上がるようにと祈祷をしていた。
侍女である巫女が二人付き添っていたとの証言は、前述にある玄武宮の侍女からの証言と矛盾なしとの記載。
「えぇ、そうです。黒族は代々祭祀を取り仕切る一族で玄武宮には専用の祈祷室が設けられております。黒龍妃自身も未来を見ることが出来ると言われていて、その才を買われて淑妃に選ばれたそうです。黒国で生まれる女性は皆、巫女となり崇められている存在で黄龍国の中でも珍しく女性が一族の長なんです。黒龍妃のお子である姫が一族の元へと帰ることを許されたのは女性であることと女性を重んじる一族であるということが大きな要因です。死の渦巻く宮に神聖なる巫女を置いておけないと黒族の首長が激しく抗議をなさって引き取られたのです」
とはいえ本当に未来が見えるのならば度重なる子の死や朝顔の死も防げたのであろうから、真偽は怪しいところだ。
「彼女の供述では雨が止んだことに気付いたのは丑一つ時(午前1時から30分までの間)で、雨音が止んだので願いが聞き届いたのだと神に感謝をしながら祈祷を続けたとのことですが……雨が止んだのはその時刻なのですか?」
「実際は子三つ時(午前0時から30分までの間)に雨は止んでいました。祝詞を唱え鈴を鳴らす祈祷をなされていたので時間は曖昧なのでしょう」
「雨が止んだかどうか直接外を見られたのでしょうか?」
「祈祷の部屋には小さい格子窓がありますが……外の景色を見るためのものではありませんので暗ければ音を頼りにするしかないかと」
「……そうなのですね」
そして日の出頃に祈祷を終え、黒龍妃が寝入ろうとしたところで甲高い悲鳴が聞こえたので、何事かと白虎宮を望むことの出来る渡り廊下から声のした方角を見れば……怯える侍女の視線の先、池を漂う前紅龍妃の遺体を見ることとなったのだ。
黒龍妃からもたらされたのは他には白龍妃が前紅龍妃へと行った多くの嫌がらせの件、そういった証言を含め、日が経ち改めて行った白龍妃への取り調べは次のページに記されており。
嫌がらせは事実であり、子が出来ない焦りと嫉妬心から起こしてしまった。
こんなことになるとは思ってもいなかった。
反省しているから許して欲しい。
懇願するかのように感情を高ぶらせながらも白龍妃が一度目の取り調べよりかは落ち着いて話が出来たのは応竜帝から、前紅龍妃にすまないと、悪いと思う気持ちがあるのであればその死に対して誠実であれと叱責があったからだ。
とはいえこの日、白龍妃は亥一つ時(午後9時から30分の間)には侍女を下がらせ、亥三つ時(午後10時から30分の間)には香を焚いて眠りに就いたとの証言だったのであまり参考にはならなかった。(侍女の供述とも一致はしていた)
「遺体は卯三つ時(午前6時から30分)に発見されたのですね」
クリスティアがさっと見た供述調書に特に怪しい記載は無く。
皆、時間も時間だったので寝所に居る者達が多くアリバイがないのも当然であった。
「遺体の解剖記録はございますか?」
「はい、こちらに」
雨竜帝が差し出した遺体の検案書。
朝顔の写真と共に身長、体重が記されている。
朝顔は成人女性としては少し小柄なほうで、学生であるクリスティアと変わりが無い。
死因は水死であり死亡推定時刻は子の刻(午後11時から午前1時)。
体に争ったときに出来たような傷はなく、抵抗が出来ぬように縛られたような痕跡もなし。
毒物の検査も陰性。
朱雀宮から池までの足跡が一人分しか発見されていないので、自ら池の中にその身を沈めたのだろうと推測。
爪の中には池底の泥が残っており、手の中には泥と一緒に鈴を強く握り締めていた。
「この朝顔様が手に握り締めていたという鈴とは一体なんなのですか?」
「我が国では子が生まれるとその子の無事の成長を祈り特別な鈴を送るのです。昔、黒族出身の皇后が子に降りかかる厄を避けるために広めたまじないのようなものです。今は市井でも広まっている習わしのようになっているのです。音は鳴りませんが私も持っていますよ」
腰にぶら下げていた根付けをクリスティアへと見せる雨竜帝。
歪に凹み音の鳴らなくなったそれは雨竜帝の亡くなった母親である側妃が残した唯一の形見でもある。
そういえば王国に居た頃に、雨竜帝はよくそれを見つめていたことをクリスティアは思い出す。
寂しそうに恋しそうにただ見つめていたことを。
「前紅龍妃が握り締めていたのはその鈴でした」
健やかに育ちますように、全ての災いから守られますようにと母が子へと初めて贈る贈り物、願いの込められたまじないの鈴。
朝顔の子には残念ながら意味のない物となってしまったが、子の形見でもあるその鈴を朝顔は握り締めて亡くなっていたのだ。
「亡くなった子の鈴は、その子の魂が宿るものとして母親がそのまま持ち続けることが多いのです。風が無いのにその鈴が鳴るときには亡くなった子が会いに来てくれていると信じられていて、母親の慰めになるのです」
朝顔が鈴を持って亡くなっていたことはその死が自死であると決める一つの要因ともなっていた。
「分かりました。全てに目を通すには時間が足りませんので朱雀宮へと持ち帰りたいのですが、よろしいでしょうか?それと出来れば応竜帝が即位してからの後宮の死亡記録などあれば助かるのですけれど……」
「兄よりクリスティー様の要望は全て叶えるようにとの命がありますので問題ありません。のちほど部屋へと運ばせておきます」
「ありがとうございます雨竜帝」
憂鬱になるばかりの本を閉じたクリスティアは顔を上げると窓の外へと視線を向ける。
少しばかり薄雲のかかる空。
このまま雲が厚くなれば雨が降るであろう。
全てが疑いなく自死へと繋がっている事件の調書を撫で、この呪いは本当に解けるのかしらとクリスティアは疑問に思う。
朝顔に囚われ自死を疑う夕顔こそが、呪いに囚われているのかもしれない。
そしてその呪いは伝播し、謎を望むクリスティア自身にも降りかかる呪いとなっている。
真実(自死)を前にしても疑いばかりを膨らませて虚偽(事件)を追い求め、永遠に辿り着くことが出来ない答えを追い続ける。
この緋色の眼を曇らせるその呪いは思っている以上に恐ろしいものなのかもしれないと。
この後宮という檻の中に漂う閉塞感に、クリスティアは初めて自身の灰色の脳細胞を疑うと共に息苦しさを感じるのだった。




