前紅龍妃の死について①
「クリスティー、帝国語を話せたのか?」
朱雀宮に戻り開口一番に夕顔が問うたのは先程彼女を驚かせた流暢な帝国語。
クリスティアはずっと帝国語を話せないと思っていたというのに……下唇を突き出した少しばかりふて腐れた口調で夕顔はクリスティアを問い詰める。
「えぇ」
「いつから?」
「幼い頃、雨竜帝に習いましたわ」
「私に王国語をお教えくださったのはクリスティー様で、代わりに彼女には私が帝国語をお教えしました。てっきり紅龍妃はご存じなのだと思っていたのですが……」
クリスティアが帝国語を話せることを黙っているのはなにかの策で、それを夕顔は知っていてわざと通訳をしているのかと思い雨竜帝はあえて黙っていたのだが……そうではなかったことに苦笑う。
「私を騙したのか?」
「騙したなんてとんでもない。あなたがわたくしに帝国語を話せるか一度も問わなかったので答えなかっただけです」
それはそうだろう、王国で商売をするのに他国の帝国語を話して取引など……客に帰れと言っているようなものだ。
他国で商売するのならば他国の言語を使うのが妥当であるし、王国に居るときにわざわざ帝国語を話せますか?と聞くのも馬鹿な話である。
それならば聞かれずとも、帝国に来た時点で帝国語を話せるから通訳などいらないと一言あっても良かったのではないかと、馬鹿にされた感じがして納得がいかないというように夕顔はじとっと恨めしげにクリスティアを見つめる。
夕顔とてそれほど王国語が得意なわけではないというのに、今まで必死に通訳していたのはなんだったのか!
「まぁ、お怒りにならないで夕顔。拙いあなたの言葉使いか可愛らしくて……言う機会を失してしまったのです、ごめんなさい」
馬鹿にしていたわけではない、ただ純粋に可愛かったのだ。
嬉しくもなんともないクリスティアからの返答を得て、やっぱり馬鹿にされている気がすると夕顔は頭の端で思うが。
長い付き合いになるのでその言葉に悪気が無いことも感じ取れるので、今更過ぎたことをどうこう言っても仕方がないと諦める。
その代わり、クリスティアの前ではもうあのつたない王国語は二度と使わない。
「でもクリスティー様が帝国語を話せると知られるのは悪手ではないのですか?」
「いいえ雨竜帝、そうとも言えないでしょう。わたくしは既に妃達に警戒されておりますし、この国の要人である雨竜帝や同じ妃である夕顔の通訳を伴ってお話しを聞くのは警戒心を強くするだけで難しいはずです。ならば帝国語を話せると知られたほうが、一人で行動もしやすく、話を聞くことも容易くなるというもの。わたくしは夕顔の友人として朱雀宮に滞在するのです。前紅龍妃である朝顔様のお話しは自然と耳に入ること、共に居るうちに事件の話を聞いて興味を惹かれたという建て前も言葉が分かれば容易い理由となりましょう」
「確かに……ですがあまり一人での行動は慎んでください」
その雨竜帝の心配に返事はせずに、クリスティアは微笑む。
「それに白龍妃が既にわたくしが興味を惹く餌を与えてくださいましわ。彼女は、また濡れ衣なんて着せられたらたまったものではないとおっしゃっておりました。つまり朝顔様の死の際に彼女になにか、怪しまれるようななにかがあったといこと……心当たりはあって?」
「あぁ、朝顔の遺体は白龍妃側の池に流れ着いていたからね。そして最初に遺体を見付けたのも白龍妃の侍女だった」
それならば、あの裏庭での白龍妃の剣幕は納得のいく態度だったのかもしれない。
朝顔が亡くなったとき、犯人と疑われるのに十分な理由を白龍妃は持っていたのだ。
朝顔のことを嫌い、虐めていたという理由を。
「彼女が池の周りを歩くわたくしに神経質になった理由が分かりましたわ」
その表情は自分のテリトリーに入られる嫌悪というよりかは、なにかが起きることへの恐怖心が勝っている表情だった。
異国者の新しい死体があの池へと浮かべば……今度こそ白龍妃への疑いは確信へと変わり、彼女の立場は無くなるはずだ。
「後宮はどういった造りなのですか?」
「外宮に囲まれた内宮にあって、四神に準えて東西南北にそれぞれ四夫人の宮があります。応竜帝の宮から後宮へは青龍宮だけが直接繋がっていて、それ以外の各宮は外宮を通って入るしかありません。それぞれの入り口には警備兵が立っておりますので許可のない者が出入りすることは難しいですね。そして後宮の中央にあるのがあの池です」
「応竜は水を蓄える龍とされているからね。この宮は応竜の住処、ゆえに手出しすれば応竜の怒りを買うという意味でわざわざ応竜帝の宮から水を引いて池を作っているのよ。あの池の周りを美しく飾りあうのが妃達の勤めね」
「庭はそれぞれで育てる花が決まっています。朱雀宮が鈴蘭の庭、白虎宮が鳥兜の庭、玄武宮が彼岸花の庭、青龍宮が夾竹桃の庭です」
「毒の庭よ、美しいだろ?」
「……花を見るだけならばね」
「皇帝の住まう地に毒草を植えるなど理解しがたいことでしょうが、私達にとって応竜とは神たる存在で……その神が天へと帰らないようにするための習わしとして、応竜が住まうとされる場所にある水場には毒草を植え邪気を帯びさせて天へと帰らないようにするのです」
「随分と乱暴なのですね。あなたは庭の手入れをなさらないの夕顔?」
「人を殺すわけでもなし……薬の足しにしてもいいなら管理もするが、それも出来ない花を育ててなにが楽しいのよ。花というのはねクリスティー、ありのままの自然が一番美しいのよ?」
ニヤリと笑った夕顔に、物は言いようだとクリスティアも笑う。
夕顔が手入れをしないのはただただ面倒なだけだと分かっているからだ。




