第一発見者⑤
「大体万が一にもお前みたいな貴族の令嬢が有力な容疑者に上がってるなら留置場じゃなくてまず逃げないよう見張り付きの自宅待機だ。尋問もお前のところのお綺麗な応接間で行うことになるだろうな」
「愚かしい貴族特権ですわ!」
留置所すら使えなくて残念だったなっと嘲笑うようなニールの態度に、吐き捨てるように己に課せられている高い身分の弊害を嘆くクリスティア。
身分のない平民からすれば随分と羨ましい嘆きだ。
「ニール、すまない再三地下牢はないと言っているのだが……何故かクリスティアは聞き入れないんだ」
「構いません殿下、クリスティーの気性は理解してますから」
本当に嫌と言うほど理解している。
ニールとクリスティアの出会いはかれこれ十年近くになる。
その長きに渡る付き合いの中でクリスティアの性格を自分の子供以上に把握しているニールは、どうせ自分の目で地下牢がないことを確認しなければ納得はしないだろうからこの無駄で無益な話をさっさと切り上げる。
「それで?誰でもいいからなにが起きたのかを正確に話してくれるか?」
鋭い目つきで少年少女を見回したニールは纏う空気をピリっと緊張感の持ったものに変えるので、ユーリもハリーも後ろのラックでさえも各々口にしていた軽口を引っ込めて自然と背筋を伸ばす。
ニールのこの、場の雰囲気を一気に変容させる技術は流石警部なだけあるとクリスティアはいつも感嘆している。
ニールが見抜いたこの部屋に入ってきたときに感じた重苦しい雰囲気からユーリ達がなにかを隠し、警察を警戒していることは刑事として培ってきた長年の経験から窺い知れるのだと獲物を狙う鷹のように地位があろうとなかろうとも何一つとして獲物を逃さないニールのその鋭い眼差しに、ユーリが観念すると共に強い哀願するような眼差しを向ける。
「ニール、君はクリスティアのことをよく知っているね」
「えぇ、まぁ」
「ではクリスティアが今回のような事件を起こすような人物ではないことも理解してくれているだろう?」
「それは……勿論」
ユーリの質問はまさに愚問だ。
数々の犯罪事件に首を突っ込んではどこで培ってきたのか知らないその手腕によって華麗に事件を解決して、犯人を追い詰めてきたクリスティアがもし犯罪を犯すならば絶対に見付からない完全なる犯罪を企てるだろう。
それは起こった事件の犯行手口が分からずに犯人を取り逃がすという生易しい犯罪では無い。
事件自体見付かることの無い、起きたことすらクリスティアと被害者以外は誰も知らないそんな犯罪を企てるはずだ。
クリスティアか事件に関わるなんて末恐ろしい。
起きてもいない、いや起きているのを知らないだけかもしれない犯罪の顛末を容易に想像出来るニールは、今回のような殺人が起こったことがあからさまに分かるような事件をクリスティアが起こすなんてことは万に一つとしてないと断言する。
それにユーリは安堵しつつも今度は不安げにちらりとラックの姿を見る。
「ラックなら大丈夫ですよ。すっかりクリスティーに懐柔されたみたいなんで」
「はい!なにをお聞きしようとも僕はクリスティー様の味方です!クリスティー様に忠誠を誓います!」
この中で一番地位が高く尊い存在である王太子殿下であるユーリに誓わず、この持てる限りの忠誠心は全てクリスティアに捧げると安心できない自信満々の笑みで敬礼をするラック。
たかだか小瓶一つですっかり懐柔されてしまったラックの容易さに対人警察としてはこの先の職務の高潔さをまっとう出来るのかと不安に思うが、事件現場ですっかり憔悴した気持ちを回復し好転させてくれたことが余程嬉しかったのだろう。
事件現場で見た光景のアドレナリンが変な方向で働いているだけかもしれないが、お手を指示すれば喜んで手を差し出しそうなラックを可愛い子犬を見るような目でクリスティアは見つめ微笑む。