馬車の告解②
「あ……えっと」
「とてもお疲れのようでしたからお声をお掛かけするのを躊躇っておりましたのよ」
天井付近に設置され小さく浮かぶガラス製の丸いランプ。
陽炎のように揺らぐ炎の魔法を閉じ込めた、馬車で使用するには些か高価なその魔法道具の下で自分より若い、遙かに若い少女が艶やかに口角を上げている。
歳は十五、六だろうか……。
細い顎から開いた胸元に掛けての少女の白い肌は天井の淡い光に照らされたドレスの色がスポットライトのようにその色を反映し、生気の無い色へと映し出している。
よく見ればドレスの色はスカートから上に向かって青紫から青へのグラデーションになっているらしい。
妖しく光る首元の大粒の緋色の宝石と同じ緋色の瞳が視界に入る全てのモノを魅了させ、隠していた全ての事柄を見透かし告白を促しているような……そんな気がして私はたどたどしく口を開く。
「あ、あぁ……すまないが私は何故この馬車に乗っているのですかな?」
自分が些か滑稽な質問を口にしていることに気付き後半は言葉をすぼめ気味に問うてみる。
少女の丸い大きな瞳が不思議そうに見つめてくるので余計恥ずかしくなったのかもしれない。
自分の意思で馬車に乗っていることは確かなはずなのにその理由を少女に問うなんて。
愚かな問いにますます気まずくなり膝に乗せた汗ばんだ掌を握りしめれば、少女は気にした風でもなくニッコリとおかしそうに掌で唇を隠し笑う。
「いやですわロレンス卿、お忘れになるなんて……余程お疲れですのね。今宵は夜会でわたくしのエスコートをお願いしたではございませんか」
「あぁ……あぁ!そうでしたなそうでしたな!いやはやすいません。どうも最近忘れっぽくて……歳を取るといけませんな」
呼ばれた己の名前に強張っていた体の力が抜け脱力し、諦めに似た感情が湧き上がる。
少女は何故私の名前を知っているのだろうか。
名前を知られているという衝撃に体も思考も腑抜けたまま少女の言葉に耳を傾けていれば、なんてことはない。夜会のエスコート役を頼まれていたのだと不思議な奇術の種明かしをされる。
あぁそうかと納得する。
彼女が名前を知っていて当たり前なのだ。
夜会にエスコートは付き物。
彼女くらいの年の頃ならばお目付役や父親が付き添うのが当たり前。
なにか理由があって私にエスコート役を頼んだのだろう。
そうだ、そうに違いない。
私が邸の入り口に居たのは彼女の馬車を待っていたからでけっして屋敷から逃げ出して来たからでは無い。
私はあくまで待っていたのだ。
空いていた記憶の空間を埋めた客観的な主張に腐抜けたはずの力が少しばかり戻り俯きかけていた顔を上げる。
「ご存じの通りわたくしまだ婚約者というものがおりませんので今から行くような夜会の場にはどなたかにエスコートをしていただかなければ恥ずかしくってとてもとても顔を出せませんの……ですがわたくしのような身分のものが来るのを待つばかりですとその、色々と遅くなってしまいますから……出会いの場には積極的に参加をしなければなりません。このお気持ちお分かりになっていただけますでしょう?」
「そうですな、そうですな、お若い方は特に。どのような出会いも全て社交の場のみなんですから恥や外聞などで足を運ばないとは愚か者のすること。あなたは実に懸命な女性ですよ」
「まぁ、わたくし恥ずかしいですわ」
不安に瞳を揺らしていた少女は白い頬を染め、恥ずかしげに瞼を伏せる。
このようなうら若き乙女に羞恥心を与える告白をさせるとはなんと愚かなことなのだろうか。
私はこの少女のことを何一つとして知らないが自ら相手を探さねばならぬということはどこぞの下級令嬢なのだろう。
すっかり忘れてしまっていたがそういえば誰かに夜会のエスコートを頼まれていた気がするが……。
土壇場になって断られていた気がしないでもないが、そういえば今日は娘も夜会に出席すると騒いでいたからそれと混同しているのかもしれない。
娘は母親とよく似ている。
あのヒステリーな母娘を思えばこの少女の羞恥心など取るに足らぬこと、自分の年齢を考慮し家族を想い積極的に婚姻相手を探しているのは実に立派で慎みさえ感じる。
相手の腹を探り蹴落としあう社交界で少女の積極性は弱味となり得るかもしれないが、どのような噂を立てられるとしても恥ずべき事ではない。
湧き上がる、社交界の醜悪さに怒りに似た感情を沸き立たせなんだか急に胸の支えが取れたように生き生きと気分が昂揚する。
人生の先人としてなんら気にするべきではない醜聞に塗れるかもしれない少女を私が守ってみせると騎士の如く胸をはり恥じらう少女を勇気づければ彼女は花が開いたような可憐さで微笑み、緋色の瞳を細めて安心したように表情を柔らかくする。