中央、応国②
ラビュリントス王国の王城とは違う、異国情緒溢れる黄金色の宮殿。
先に馬車から降りた雨竜帝が客人を迎えるために手を差し出す。
その手を取り馬車の外へと足を踏み出したクリスティアの眩い姿。
編み込みにした金の髪は歩く度に龍の尾が跳ねているかのように揺れ、その身を纏うのは上等な布で作られた縁を銀色で彩った淡い緑色の漢服。
黄龍国へと来た異国の客人を良く思わない者達も、馬車から降りたクリスティアのその雅やかな姿を見て見惚れると、知らずのうちに感嘆の吐息を吐き出す。
クリスティアが雨竜帝に謁見の間までエスコートされている間、誰もがその姿から目を離せずに追っていた。
「四龍の尊き長である応帝陛下にご挨拶申し上げます。ラビュリントス王国ランポール公爵家の娘、クリスティア・ランポールと申します」
二頭の向かい合った龍が描かれた扉の先にある謁見の間。
王座まで続く赤いカーペットの左右には集まった臣下達。
そのカーペットの中程に立ち、片足を後ろに下げて身を下げる王国式の挨拶ではなく、帝国式に両手を額の前まで持ち上げると頭を下げて挨拶するクリスティアを不審や疑惑、好奇心の眼差し達が見つめる。
謁見の間の一番奥、上段中央の王座に座るのは手足に四神を描き中央に金の龍が統べる袞服を身に纏った応竜帝。
冕冠から覗く黒い瞳でクリスティアを見下ろす。
そしてその隣、本来ならば空席であるはずの皇后の席に座するのが美しい花の咲いた刺繍の生える青色の旗袍(旧式)を身に纏った貴妃である蒼龍妃。
更に一段下にはそれぞれの色を身に纏った三夫人達が立っており、クリスティアの横には通訳として雨竜帝が控えている。
「よい、面を上げよ。話は賢妃から聞いている。そなたとは賢妃になる前から随分と親しくしていたと」
「はい応帝陛下。是非とも紅龍妃が育った地をこの目で見たくなるほどに親しくさせていただいております」
許されたのでクリスティアが身を上げニッコリと微笑めば、その美しさに応竜帝は意味ありげに顎髭を撫でるとふむっと呻る。
その明らかな関心を向ける様を白い衣に身を包んだ、白龍妃だろう。
苦々しげな表情を浮かべ歯を噛み締める。
その隠しもしない素直な表情をクリスティアは視界の端に入れる。
「つきまして応帝陛下にお願いがございます」
ざわりっと成り行きを見守っていた臣下達がざわめく。
その口々から明らかに、不満や敵意からなにかを発しようとする者達を制して応竜帝はクリスティアを尊大に見下ろす。
「よい、申してみよ」
「わたくしはただいま王国で広がる噂によって傷心の身。この度の旅程はその噂で受けた傷を癒やすためのもの。紅龍妃は王国へと居れば多くの思い出がわたくしの胸を痛めつけるだろうからと王国を離れるこの旅行へとお誘いくださったのです」
「ふむ」
「わたくしを励まし、辛いときには側に居てくださった紅龍妃が黄龍国にとって大切な身であることは重々承知しております。後宮に戻らねばならぬことも理解はしているのです。ですがわたくしは今、一人で居るときにはこの身に降りかかった不幸を何度でも繰り返し思い出してしまうのです。深い傷を負ったこの身には、長らくの友と離れることは辛く寂しいのです」
この場に居る全員がクリスティアの婚約破棄の話を噂程度に知っているのだろう。
ぐすんっと袖で涙を拭う真似をして皆の胸に同情心を駆り立てるクリスティア。
目論見通り同情心が謁見の間に広がる中で、夕顔だけは白々しいクリスティアの演技に笑いを必死に堪えているのだろう、扇で顔を隠してはいるものの肩を震わせている。
「幼いその身には随分と辛い経験だったのだろう。分かった、そなたの後宮への滞在を許可しよう。賢妃の側に居るとよい」
「陛下!」
真っ先に食って掛かったのはやはり白龍妃であった。
クリスティアの演技に少し瞳を潤ませて場に飲まれそうだったのだが……整列する臣下の一人を見て顔色を変えると声を荒げる。
「このような異国の者が我が宮のある場所をうろつかれるのは嫌でございます!」
クリスティアをギロリと睨みつける白龍妃の焦りと嫉妬心の入り交じった瞳。
その瞳はチラチラとクリスティアではなく臣下の並び立つ端へと時折向けられる。
表情に、恐怖心を伴って。
「ふむ、だが王国の尊い身であるこの子を我が宮に泊めるわけにはいかないであろう?」
「勿論です陛下。ですがその身が本当に高貴なのであればこのような突然の申し出はされないかと。警備のこともありましょうし……」
「ははっ、それこそ後宮は何処よりも安全であろう。そうは思わぬか蒼龍妃?」
「……えぇ、そうですね」
不承不承ながらも白龍妃に賛同する黒龍妃。
二人の夫人に拒絶されるも気にした風でもなく、隣の蒼龍妃へと身を寄せ問うた応竜帝に少し呆れ気味に頷いた蒼龍妃は徐に立ち上がると、クリスティアの元へと歩み寄る。
「王国でのあなたの立場は伺っております。噂というものはそれが真実だろうと偽りであろうとも心を傷つけるもの……どうぞ少しでもそのお心が癒えるのでしたら紅龍妃の側に居るべきでしょう。そして良ければ私の元へも遊びに来てください、そのお心が癒えるよう良い香りの香を焚きましょう」
「まぁ……深く、深く感謝いたします蒼龍妃」
クリスティアの肩を慰めるように優しく撫でる蒼龍妃。
蒼龍妃の一言で他の妃や臣下達は皆、沈黙を余儀なくされる。
後宮の主とはまさに彼女のことで、彼女の決めたことに誰も逆らうことは出来ないのだ。
その圧倒的な存在感に、クリスティアの胸がときめく。
その慈悲深き優しさは人を惹きつけるのに十分な理由だ、警戒心の強い夕顔が懐く理由も良く分かる。
「彼女の滞在中は雨竜を護衛として側に置こう。幼い頃に交流もあったことだ、構わないか雨竜?」
「もちろんです陛下」
「では話はこれで終わりにしよう。そなた達も長い旅路で疲れているであろう……少し休むと良い。明日にでも紅龍妃の帰国とそなたを歓迎する宴でも催そう。少しは気が晴れるように」
「お心遣いに感謝いたします応帝陛下」
応竜帝の言葉に誰も異を唱えられず、深く頭を下げたクリスティアは雨竜帝と共に謁見の間を辞するのだった。




