中央、応国①
それからの赤国の首長邸は夜遅くまで実に賑やかだった。
赤国の店という店へと首長邸から使いの者が訪れ、何事かと怖々と用件を伺えば、異国の客人が暫く滞在するための衣服などを購入したいから品物を持って来てくれとのお達し。
大柄な体格のわりにいつも質素倹約を掲げているケチ……倹約家である朱南長の邸。
客人というのも同じように財布の紐をギュッと堅く締めた御仁に違いなく、綿の服一つや小さい宝石の一つでも売れれば儲けものだと然程期待せずに赴けば……商人達を出迎えたのは質素な客間に似つかわしくない、部屋を照らす明かりよりも輝く金糸のような髪と、その明かりを吸い込んで反射させているかのように輝くルビーの宝石のような緋色の瞳を細めて微笑む実に美しく魅力的な少女であった。
その最高級品のシルクのような、この世に一つしかない希少な宝石のような……商人として一度は手にしたいと切望させる、間違いなく最上級品である異国の少女の出迎えに気圧されながら、怖ず怖ずと商人達が持ち込んだ品物を見せればその少女は値段を問うわけでもなく、品物を手に取ると身に当て気に入れば躊躇いなく購入を決める。
良い物しか目にしてこなかったのだろう、誰に聞かずとも持ってきた物の最上級品を選んでいる。
その躊躇いのなさに倹約家の御仁という想像はすっかり消え果て、自身の店の最高級品を買ってもらおうと俄に沸き立った商人達は彼女を持て囃すようにこれも似合うあれも似合うと騒ぎ立てる。
その様はちょっとした宴のようであった。
「雨竜様がお贈りくださったブローチ、とても素敵ですわ。お気遣いくださって感謝いたします」
「いえ、そんな……とても良くお似合いです」
翌朝、クリスティアの世話をしてくれている侍女から雨竜帝からだと言われて渡されたのは円を描くように尾を曲げた黒い龍がその円の中に金色の雫の形をした宝石を抱いている美しいブローチ。
胸に煌めくそのブローチを見て雨竜帝は恥ずかしそうに、だが満足そうに笑む。
赤国は貧しかったこともあり自分のことは自分でというのが基本的なスタンスであり、侍女達は誰かの世話をしたり他国の流行を知りそれを主人の衣服や装飾品に取り入れたりということが不得手であった。
長らく夫人や姫が居ないことも原因だろう。
その点、商人達はあちらこちらへと買い付けに行くので黄龍国の中心都市である応国の流行もそれなりに把握しており、クリスティアはそういった流行の話を上手く聞きだし、取り入れながらこの国の皇帝と謁見をするのに問題の無い衣服を数点選んで購入していた。
国を守護する龍は応国で人気のデザインで、金色は高貴なる色。
金色の龍を直接形作るのは皇帝やその子、夫人達以外には許されていないので、龍の形をした刺繍や装飾品に金色をワンポイントとして入れるというのは大変人気のあるデザインだ。
誘拐された身であり、手持ちはあまり持っていなかったクリスティアは衣服はそれなりに購入したものの装飾品は程々に押さえていたので(とはいえ代金は迷惑料だと言って朱南長が支払った)、今朝の雨竜帝の贈り物は大いなる喜びとなったのだ。
「随分と……凝ったデザインだと思わないカ、クリスティー?黒い龍が金色の宝石を守るように抱えているなんて、初めて見た斬新なデザインヨ」
「りゅ、龍は黄龍国で人気のデザインで、ありふれた物です紅龍妃」
そのブローチを見てニヤニヤとニヤける夕顔を雨竜帝が慌てて遮る。
実はそのブローチは商人から買ったのではなく、雨竜帝が予め用意していた物で……クリスティアが黄龍国へ来ると知り、急ぎ作らせた一級品だ。
「ふふっ、良い品物が多くありましたからこういう状況でなければもう少し買ってもよかったのですが……肩を落として帰って行った商人達に申し訳がなかったですわ」
「気にせずに購入して頂いても構いませんでしたよ。兄からはクリスティー様に不便のないようにと言付かっておりますし……中央ではまず買い物でもなさいますか?」
「おお!良いではないカ!ついでにワタシの欲しい物も買ってヨ!」
「まぁ、夕顔ったら。それだとわたくし国庫を喰らい尽くす悪女になってしまいますわ……雨竜帝、お気持ちだけ有難く」
欲しい物を欲しい分だけだなんて……心惹かれる提案だけれども傾城傾国となるわけにはいかないと自制心を働かせて断るクリスティアに、夕顔はチッと残念そうに小さく舌打ちする。
去りゆく赤国の景色を列車の窓から眺めながらクリスティアは実に活気のあった商人達のことを思う。
この国が立ち直れたのはああいった者達が国を捨てずに支えてくれたおかげだろう。
そしてそういった者達が支えたいと思うほど、朱南長は良い首長なのだ。
「クリスティー様、中央である応国へ到着したらまず謁見の間で応竜帝へご挨拶をしていただきます。そこで後宮に留まりたい旨の嘆願をされてください。妃達からの反発はあると思いますが、兄が……応竜帝が上手く諫める予定です」
「畏まりました」
赤国から応国まで鉄道で3時間、そこから馬車に乗り30分。
朝に赤国を出発してから応国へは昼を少し過ぎて到着した。




