赤国での再会④
「蒼龍妃はどのような方なのですか?」
「後宮の主ヨ。理性的で、蒼龍妃こそが応竜帝と並び立てる人物ネ」
「私達は青国に居た頃、蒼龍妃の名の下に匿ってもらっていたので大変恩義があるのです」
朱南長の妻は青国出身で、蒼龍妃にとっては叔母という間柄であったため親交があったのだ。
前応竜帝時代、既に現応竜帝の王子妃であった蒼龍妃によって守られていた青国は荒んでいく他族と違いそれほど酷い被害はなく、首長も変わらずに現応竜帝に仕えている。
着の身着のまま逃げ出した朱南長達を暖かく迎え、中央へと戻るまでの短い間だったが夕顔を我が子のように育ててくれたのもまた蒼龍妃であった。
「そうですね。とても強いお方です。子を二人も亡くしたというのに気丈に振る舞われて……自身の子が事故にあい生死が分からないときも、馳せ参じることは出来ないからと度重なる不幸に気を弱らせていた白龍妃の代わりに病に犯された彼女の子を看病したのも蒼龍妃でした。慈悲深く情の深い彼女を夫人達もですが使用人達も深く信頼しています」
そしてそれが誰の子であろうともその死を知ると誰よりも深く嘆き悲しんでいたのは蒼龍妃であった。
だから殺伐とした後宮の中でも皆、彼女だけは重んじ、敬い、心を尽くす。
「今は朝顔の子を誰よりも慈しんで育ててくれているヨ」
朝顔が亡くなったとき真っ先にその子の面倒を見ると名乗り出たのは蒼龍妃であった。
他の夫人の子、しかもそれが男児となれば赤国に返すという選択肢はなく、かといって嫉妬心を煽るその存在を他の夫人が育てることは本来ならば難しいはずだった。
だが病に伏した白龍妃の子を献身的に看病し、その死を深く嘆き悲しんだ蒼龍妃ならば信頼出来るであろうから任せてくれないかと応竜帝からの打診が朱南長にあったのだ。
蒼龍妃には青国で匿ってもらった恩もあるし、母を亡くした夕顔を我が子のように可愛がってくれていたその優しい人となりも知っていたので是非お願いしますと、逆に頭を下げたのは朱南長だった。
蒼龍妃は現在、朝顔の子を自分の子であるかのように大切に育てている。
「では、応竜帝はどのような方ですか?」
夫人達のことは大体分かった、ではそれを御する皇帝はどうだろうか。
聞く限りは夫人達を蔑ろにしているとは思えないが……問うたクリスティアに、部屋には妙な緊張感が走る。
呪いは後宮で起きているのであって夫人達のことを聞かれるのは当然だと思っていたが、皆この国の皇帝のことを聞かれるとは意外だったのかもしれない。
「統率者である皇帝としては申し分ないと思うヨ。国は潤ってるからネ。だが妃という立場で見れば、あの男はがさつで配慮のないどうしようもない男ヨ」
「こ、紅龍妃!」
そんなあけすけなっと困った声を上げる雨竜帝に夕顔はふんっと鼻を鳴らす。
「本当のことネ。初夜をすっぽかされた賢妃が他の妃にどんな扱いを受けるかは想像出来るはずヨ。朝顔の出自を気にせずに迎えたことは評価をするが……あの男は蒼龍妃以外への気遣いは皆無ネ」
「嘲ろうとした白龍妃を返り討ちにして泣かせたのを蒼龍妃に窘められ、応竜帝に初夜の代わりにと値の張る生薬を強請ったことを私は知ってるんですよ」
「はて雨竜帝、なんのことやら分からないヨ」
夕顔は自分が被害者かのように話しているが、白龍妃に倍以上のやり返しをした時点で加害者だ。
応竜帝と蒼龍妃が二人して白龍妃を慰めるのにどれだけ難儀したことか。
ニヤリと口角を上げて素知らぬふりをするタダではやられなかった夕顔は、初夜の件で他の夫人達が自分に喧嘩を吹っかけてくればまた同じことをするからそれ相応の対価を寄越して、現紅龍妃の価値を示せと応竜帝を脅したのだ。
白龍妃の慰めに疲弊した応竜帝は同じ事が起きては堪らないと夕顔に麝香という値の張る生薬を送り、その価値を示した。
そのお陰で初夜のなかった夕顔にそのことで他の夫人達が難癖をつけることはなくなった。
「応竜帝はとても知略に長けた方です。政治に関しては人に流されず益となることを真っ先に考える冷静さや、不要なものを躊躇いなく切り捨てる冷徹さも持ち合わせています。逆に価値あるものには投資を惜しまないので、その統率力に皆が惹かれるのです。後宮に関しては……元より蒼龍妃以外の妃を持つつもりはなかった人ですから。そういった配慮を望むことが難しいのかもしれません」
「では、どうして他の夫人を迎え入れられたのですか?」
至極当然のクリスティアの疑問に雨竜帝が少し困ったように眉尻を下げる。
一瞬の沈黙の中にはこの事実を伝えてもいいのか悪いのかの躊躇いが含まれている。
だが隠したとてクリスティアならば見つけ出すだろう……雨竜帝は小さくふぅっと重い溜息を吐くとゆっくりと口を開く。
「これは公然の秘密なのですが蒼龍妃は次の子を望めないようなのです。我が国では今だ嫡子は男だという意識が根強くあります。最初の嫡男であった蒼龍妃の二人目の子が亡くなったとき、家臣達から新しい男の子を望む声は大きくなっていました」
蒼龍妃の二人目の出産は難産で、母子共に命が危ぶまれるものであり、腹を割いて子を取り出したときに子を成せる器も取り出すしかなかった。
この事実を公然と知るのは出産に立ち会った応竜帝と侍医に侍女、そして夕顔。
夕顔が知るに至ったのは後宮に入って暫く立った頃に朝顔の子を引き取ると申し出たときに、蒼龍妃から聞かされたのだ。
子を育てたことのある自分が育てたほうが子のためにもなるだろう、自身には子を育てる器がもうなく子が出来ることはないのだからどうか安心して任せて欲しいと。
元より蒼龍妃のことは信頼していたので、それならばお願いしますと夕顔はそのまま朝顔の子を蒼龍妃に委ねたのだ。
夕顔はその頃、朝顔の子よりも朝顔の死に関心が向いていたので、蒼龍妃が子を育ててくれることは正直に言えば都合が良かった。




