赤国での再会③
「応竜帝が国を立て直すため皇位を取ると聞いたとき、私は国を憂える気持ちより漸く復讐が出来ることを喜びました。しかしやせ細り、苦しむ民を見たとき……その気持ちも直ぐに消沈しましたが……」
妻を亡くし国を追いやられ、くすぶり続けた怒りという火種。
だが傷つき倒れる同族の者達を見て……朱南長は自分の怒りよりもまず悲しみで哀れさで涙が溢れでた。
青国へと逃げることで目を背けていた者達。
逃げられずに残るしかなかったそういった者達。
復讐心に捕らわれ、彼らをないがしろにし、忘れていた自身の責任を重く感じ、深く反省した朱南長は復讐よりもまず彼らを救うことを優先したのだ。
「でしたら今、赤国はとても良い国になったのですね。通りはとても活気づき、皆笑っていましたから」
「ははっ!そうですか!そういっていただけると嬉しいですな!」
朱南長は本当に嬉しそうに微笑む。
炎を取り込んでいるかのように暑く乾いている大地。
作物は育たず手に入るのは腐った食べ物ばかり。
通りは閑散とし、無理な税の取り立てによって餓死した者達の遺体が道に多く転がっており、路地裏からそれを見つめる者達はそれが当たり前の光景であるかのように誰もその遺体に見向きもしていなかった。
そんな通りは今、賑やかに人々が行き交う交易の場となり……誰も彼も活気づいていた。
「では朝顔様が後宮に来た頃のことは雨竜様がご存じだと思うのですが、どうでしたか?」
「控えめでしたが良い方というイメージです。良く人を見ていて気を遣う方でした。後宮に来られた頃は侍女達にすらへりくだっていて……そういった態度は良くないからと蒼龍妃が賢妃としても在り方を指南して素直に聞き入れていました。他の夫人達のように打算さがないというか……兄を愛し尊敬しておいででした。ただやはり身分が低いということによって他の夫人達やその使用人達からは明らかに見下されていました。前時代の頃に受けた体に残る傷を知られてからは余計にその扱いが酷くなったと思います」
「その傷はどうして知られてしまったのですか?」
「通常、妃は自身の侍女を国から一人連れてくるのですが赤国は前時代の賠償もあり混乱の中でしたからそれが出来ず……まずは応竜帝が準備したのです。ですがその子もとある理由で暇をだされ、次いで白龍妃が侍女を準備したのですが……どうやらそこから漏れたようです」
朱南長が民を優先するために復讐心を堪えたことは、前首長の頃に雇用されていた者達への処分を幾分軽い刑に処したことで証明していた。
不満は多くあった、だが長く国を離れていた朱南長が一から国を立て直すより元々、政に関わっていた者達からある程度の手を借りるほうが復興も早いと考えたのだ。
実際復興は予想よりも早く、前首長の暴政に恐れていただけの者達は今やすっかり改心している者も多い。
だがそういった混乱の中では朝顔の侍女にまで手が回らず、結果として侍女も連れて来れぬと侮られ妃同士の争いに朝顔は真っ先に巻き込まれることになってしまったのだ。
「白龍妃の一族である白族は赤族への恨みが特に強い一族でもあります。赤族の前首長は武官として前応竜帝の最側近で、ありもしない罪をでっち上げては他の一族を長らく押さえつけていましたから……今でもこの二族は議会の場では揉めることが多く、兄がそれを諫めることが何度もありました」
「そうなのですか朱南長様?」
「う、うむ……白族はなにかと私達赤族を敵視しておりまして。赤族は気質的に血気が盛んといいますか……若いもんはこう喧嘩を売られるとつい熱くなってしまって」
「だから理性のないサルなのヨ」
困ったように頭を掻く朱南長を白い目で見る夕顔。
そういった対立は相手への競争心として顕著に表れたはずだ。
妃などは分かりやすい対立構図であったであろう。
最近であれば子が出来た赤族の妃と、子が出来ない白族の妃。
白龍妃が一族にそのことを責められたのならば……焦りという鬱憤は最悪の形で爆発したのかもしれない。
「ただ後宮で白龍妃と一番仲が悪いのは黒龍妃ネ」
「えっ、そうなんですか?意外です。黒龍妃は他の妃達とは違うというか……後宮では問題なく過ごしているのかと思っていました」
「ふん、見る目がないネ。白龍妃の死んだ子は男だっただろう、そして同時期に生まれた黒龍妃の子は女だった。白龍妃は男を産めなかった嫉妬心で我が子が黒龍妃に殺されたのだと思っているのヨ」
「まぁ、事実なのですか?」
「いいえ、そんなことはあり得ませんクリスティー様。白龍妃の子の死因はそのとき流行っていた病でしたから……」
「人は信じたいモノを信じるからネ。顔を突き合わせると白龍妃がいつも黒龍妃に喧嘩を吹っかけるヨ。でも黒龍妃のほうは鬱陶しそうにして、当たり前だが真面目に取り合わないヨ。それがまた悔しいのだろう、感情的な罵りになりそうなときは蒼龍妃が二人を諫める役回りをしているネ。蒼龍妃がいなければ今頃後宮はもっと殺伐としていたはずヨ。もしかすると朝顔も、そういったことに巻き込まれればもっと早くにこの世から去っていたかもしれないネ」
どれだけ上手く管理しようとも後宮が女同士の争う場になるのは仕方のないこと。
閉じ込められた鬱憤は中で滞留し続け、外に溢れ出すことはない。
とはいえ今の四夫人達に誰かを害そうとするそんな度胸があるのかと問われれば……その後宮に身を置く者として夕顔は否と答えるであろう。
誰も彼も自分のことで精一杯なのだ。




