赤国での再会①
申し訳なさそうな侍従に案内され、邸の一番奥の客間の中へと入れば一人の少年が中央のシンプルな木目の四脚ある椅子の一つに座っている。
質の良い縁が金色で灰色の漢服、薄茶色の髪を後ろに撫でつけた少年は顔立ちは幼いが醸し出す凜とした雰囲気は随分と落ち着いていて、クリスティアと同じ年にも見えるし彼女よりも年上にも見える。
この国では珍しい黄色の切れ長の瞳で入ってきた一同を見ると立ち上がった少年に、朱南長が頭を下げれば次いで皆も頭を垂れる。
「雨竜帝にご挨拶申し上げます」
「よい、朱南長。今は忍びで来ているゆえ楽にせよ」
頭を垂れた朱南長を制した雨竜帝と呼ばれた少年はすぐにその視線をクリスティアへと向けると、心配げに眉尻を下げる。
その視線に、ニッコリと微笑んだクリスティアの大事ない姿を見てホッと安堵の息を吐いた雨竜帝は流暢な王国語で改めてクリスティアへと挨拶をする。
「お久し振りですクリスティー様。この度は、我が国の問題に巻き込んでしまって申し訳ございません。しかもこのような形でお連れするなど言語道断。本来ならば賢妃の我が儘は兄である応竜帝が止めねばならぬというのに……あなたの話を聞いて随分と興味を持ってしまったようで」
咎めるような口調と視線で雨竜帝が夕顔を見るが、当の誘拐犯はなんのそのの素知らぬ顔で天気の良い中庭の景色を眩しそうに眺めている。
「どうぞ天馬様、皆を咎めないでくださいませ。この灰色の脳細胞がお役に立てるのでしたらわたくし、どういった経緯でこちらに来たにせよ気にしませんわ」
「そう言っていただけると助かります」
申し訳なさそうに再度頭を下げた雨竜帝に近寄りその手を握ったクリスティア。
その手の優しい温もりに照れくさそうに頭を上げた雨竜帝に夕顔が訝しんだ声を上げる。
「オマエ達、知り合いカ?」
「紅龍妃、もう少し言葉遣いを……」
「構いませんわ。拙い言葉で話してくださるのも可愛らしいですし、天馬様と共に過ごした懐かしい日々を思い出させてくださいますもの。天馬様とは彼が王国に留学した折りに親しくさせていただいておりましたの。彼が王国に居たのはそれほど長い期間ではございませんでしたし、学園へ通う歳でもございませんでしたが、わたくしは殿下の幼なじみでしたから遊び相手として王城には幼い頃からよく出入りしておりましたのでその縁で」
王家との繋がりは他の貴族家より深いほうだと知らなかったのかしら?と、クリスティアがどんな地位に居て、どういった立場なのかを知っていて誘拐した誘拐犯に向かって惚けた言い方をする。
前応竜帝の側妃の子である雨竜帝がラビュリントス王国へ留学という名の亡命をしたのは彼が3歳の頃だった。
王国では4年間王城で過ごし、10年前に現応竜帝が皇帝に即位すると同時に黄龍国へと戻っていったのだ。
「帰国したときに天馬という名は改めましたので、どうぞ雨竜とお呼びください。あの頃は大変お世話になり感謝してもしきれません。急の帰国になったものですから直接のお礼も言えず心残りでしたが……方法は褒められたものではありませんが、再びこうして相まみえることが出来て実は嬉しく思っています。クリスティー様は変わらず……いえ、更にお美しくなられていて驚きました」
「まぁ、ふふっ。わたくしも会えて嬉しいですわ雨竜様。すっかり女性の心を掴むのが上手くなられたようでなんだか寂しいわ。昔は殿下の後ろにお隠れになられるばかりで……わたくし嫌われてしまったのかしらと不安に思ったものですもの」
「うっ……その節は、すいません」
でもそれはそのお姿が輝いて見えて近付き難くて……ごにょごにょと口を濁しながら雨竜帝は今でも変わらずに美しく輝いて見えるクリスティアの姿を困ったように見つめる。
天馬という名の頃に雨竜帝がラビュリントス王国へと渡った理由は中々に複雑な事情で、前応竜帝は側妃であった雨竜帝の母親を大変寵愛しており、その寵愛はすでに居る第一王子を差し置いて雨竜帝を王位に付かせようとするほどのものであった。
天馬とはつまり応竜の子という意味があり、それはすなわち王位を譲る者に与えられる尊き名。
異母兄である第一王子に贈られなかった名を側妃の子に与えられて面白く思わないのはその母親で、後宮の主であった彼女は皇帝の寵愛のみならず皇位すらも奪おうとする側妃のことを許さず、事故に見せかけて殺害すると、幼い雨竜帝に対しても数多くの暗殺者を送った。
雨竜帝にとって幸いであったのは兄弟仲が良いという点であり、当時王子妃であった現蒼龍妃が可愛がってくれていたことだろう。
このまま国に居てはむざむざと殺されるだけだと心配する王子妃の懇願により、雨竜帝は兄の庇護の元、留学という形でラビュリントス王国へと送られたのだ。
それは実質亡命であった。
王国へ着いたばかりの頃は母親の死や暗殺の憂き目によって女性という女性を警戒していた雨竜帝だったが、クリスティアと何度も会うことによって、その姿に祖国の守護神である金の龍を見たとき、警戒心は戸惑いへと代わり次第に和らぐと穏やかな日々を過ごせるようになっていた。
兄が王位に就いたときに、実母であるその母親にも容赦なく裁きを下さなければ……雨竜帝は二度とこの祖国の地を踏むことはなく、今もまだ王国で過ごすことになっていたはずだ。




