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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
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赤国へ②

「……素敵な景色」


 その主人に付き添う姿を視線で追えば広がる巨大な赤い岩を背にした寝殿造の邸が目に飛び込む。

 そびえ立つ赤い大きなその一枚岩は視界に入りきらないほどの大きさで、あまりにも雄大で壮大な景色にクリスティアは自然と感嘆の溜息を漏らす。


「クリスティー、紹介しておくネ。これはワタシの部下で丹黄タンワウと言うよヨ。ワタシは一人でなんでも出来るゆえに侍女なんて無駄な者を側には置かないつもりだったのヨ。けど経営する店のことがあるからネ、ワタシの指示を正確に後宮の外に伝えられる者が必要だったゆえにコイツを連れて行ったのヨ。とはいえ賢妃ゆえにタマのある男は側に置けないからコイツは今、タマナシの宦官ヨ。ま、仮初めの婚約者の居るオマエにとってもタマがナイほうが安心安心ネ。これから後宮でなにか困ったことがあったらこの男に頼むとイイヨ」

「そうなのですね、分かりました。どうぞよろしくお願いいたします丹黄様」

「…………」


 朱南長が王国語を理解していたらタマナシタマナシと恥も外聞もなく口にする夕顔を大いに咎めていただろうが、言葉を理解していないことは幸いである。


 クリスティアが信頼を示すように胸に手を当て軽く身を下げれば、丹黄は黙ったままコクリと頷く。

 言葉なく頷くだけの丹黄の姿に、夕顔の指示があったとて異国の少女に使われることには納得がいってないのかしら?とクリスティアは小首を傾げる。


「無愛想だと怒らないでやってヨ。この男は声が出せないのヨ。幼い頃に疫病に罹って喉をやられてネ。仮面も許してやってヨ、顔や体に赤くて酷い痘痕があって……気にしてるのヨ」

「まぁ、今は大事ないのですか?」


 それで返事が出来なかったのかと納得したクリスティアは心配げに眉尻を下げれば、丹黄は問題ないというようにこくりと頷く。


「今は黄龍国全体が潤っていてネ。呪われた後宮で侍女になりたい者も宦官になりたい者も少ないのヨ。望んでなる者といえば……こういった訳ありばかりネ。とはいえコイツはワタシと王国で共に仕事をしてたからとても優秀ヨ。王国語も理解しているからオマエの役には十分立つはずヨ」

「夕顔がお認めになるなんてとても優秀な方なのですね、よろしければこのままエスコートをお願いしても?」


 主人を差し置いてでは気まずいかしら?と微笑み手を差し出したクリスティアに丹黄が少し戸惑う気配を見せたのは、手袋に覆われたその手の皮膚を這うように刻まれた疫病の名残があるからだろう。


 それを知られる前に一時的に触れ合うのならば相手を不快にさせることはないと知っているが……事情を知ってからの触れ合いはいつも相手の眼差しの中に嫌悪と軽蔑、躊躇いを生む。

 エスコートとなれば客間にまで相手を案内することになり長い間の触れ合いが必要になる、しかも異国の客人はこの地では目立つはずだ。

 身に宿した疫病のことを知る者達からはあまりいい顔を向けられないだろう。


 真っ直ぐ丹黄を見つめるクリスティアの緋色の瞳の中に嫌悪だとか軽蔑だとかの眼差しはないようだが、他から集まる視線はそうはいかない。

 本当に問題はないのかと丹黄が夕顔へと困った顔を向けるが、夕顔は面白そうだというニヤけ顔をしてエスコートを促すように顎を上げる。

 止めてくれない主人に丹黄は困りながらも、朱南長のがさつなエスコートよりかは幾分自分のほうがましかとペコリと頭を下げてクリスティアの手を取る。


「では、客間に案内するヨ」


 邸を案内されている間、すれ違う護衛や使用人達が毛色の違うクリスティアを見てソワソワと落ちつきない視線を向ける。


 この地よりも鮮やかで美しく輝く緋色の瞳、透けるように白い肌、風に揺れる金色の髪はまるでこの国の守護神である黄龍が舞うかのごとく……。


 頭を垂れながらも押さえきれていない好奇心で上がる視線達にクリスティアが悪戯心から微笑み手を振れば、見惚れていた者達は釣られるようにして手を振る者、首長の客人に無礼だと慌てて止める者と、様々な反応を見せながらも一様にその美しさに心を奪われている。


「困ったわ。可愛らしい子達ばかりで、王国に連れて帰りたくなってしまうわ」

「止めてヨ。オマエなら全員連れて帰りそうで怖いネ」


 首長の家の使用人達が全て異国の少女に連れて行かれましたなんて……他の一族から大いに笑われてしまうだろう。

 今居る者達は皆、朱南長を慕ってくれているのであまりいいとは言えない給金でも働いてくれている。

 だがそこへ破格のお給金でも提示されればどうなるだろうか……何人の使用人が残ってくれるのだろうか。


 夕顔は後宮に戻るのだ、戻れば朱南長はこの広い邸に一人で残ることになる。

 朱南長は大抵のことはなんでも自分で出来るので一人になっても問題はないだろうが、快活な男が静まり返った邸で一人で過ごすだなんて……想像しただけでもそんな憐れな姿は娘として心配になるだけなので勘弁してもらいたい。


 夕顔に止められ、クリスティアは残念そうに唇を尖らせていれば、廊下の先から焦ったように早足で、一人の侍従が一礼を持って現れると朱南長へと近寄り耳打ちをする。

 それに眉を顰め頷いた朱南長は夕顔と言葉を交わす。


「クリスティー、申し訳ないがお客が来てるようネ」

「まぁ、急を要するお相手なのですね。では、わたくしは下がっていましょうか?」

「……違うヨ。オマエに客が来てるネ」

「わたくしに……ですか?」


 心当たりのない客人にクリスティアはキョトンとする。


 誘拐されたと知った王国の誰かが迎えに来たにしては早すぎるし、広い黄龍国で赤国のこの場所を狙って迎えに来るだなんて……あり得ない。

 そんなはずはないけれどと不思議がりながらも、クリスティア達はその客人が待つ部屋へと急ぎ向かうのだった。

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