赤国へ①
3日間の船旅を終え、黄龍国の隣国から寝台列車に乗り換えて7日間。
誘拐されたわりには待遇が良く一等車両の快適な旅を終えて辿り着いた駅へとクリスティアが一歩、足を踏み出せば乾いた風が頬を撫でる。
赤い山のような巨岩と砂の広がる乾燥した大地。
その名の通り赤い国だと眼前に広がる光景に納得していれば、後から降りた夕顔がクリスティアの頭に白い薄手のスカーフを被せる。
「クリスティー、日差しが強いからこれを被るヨ」
「まぁ、ありがとう夕顔」
なんの準備もなく誘拐されたのでここまでの衣服は全て夕顔が用意している物をクリスティアは身に付けている。
今は、淡い薄桃色の漢服という異国情緒溢れる格好を楽しんでいた。
「お帰り夕顔。そしてお客人、遠路はるばる我が赤国へとようこそおいでくださいました」
「クリスティー、紹介するヨ。ワタシの父であり赤族の長である朱南長ネ。オマエを歓迎しているヨ」
ホームへと降りると同時に話し掛けてきたのは額に巻いた赤いバンダナから後ろ手に縛った腰まで伸びた三つ編みの茶色の髪を揺らし、胸に赤い朱雀の飛ぶ青い長袍を身に纏った顎に大きな傷跡のあるガタイのいい男。
夕顔がその男の言葉を簡単に訳すと同時に紹介された赤族の首長の強面の様相に、クリスティアはじっとその顔を見つめると、切れ長だが瞼から除く真ん丸の薄茶色の瞳が夕顔と良く似ているとニッコリと微笑む。
「お初にお目に掛かります朱南長様、クリスティア・ランポールと申します。どうぞわたくしのことはクリスティーとお呼びください」
夕顔がその言葉を訳せば、一度驚いた表情を浮かべた朱南長はすぐに快活な笑い声を上げる。
この傷のある顔を年若い娘が見れば大概は怯え、瞳を逸らすのだが……。
微笑みを浮かべ礼儀正しく真っ直ぐに、朱南長を見つめるクリスティアの緋色の眼差しに、夕顔が言っていた通り、この子は人の外見では無く本質を見ようとする子なのだと感じ取り……気に入ったとばかりに頭を垂れる。
「コチラコソ、ヨロシク、ミス・クリスティー、カンゲイスルマス」
「まぁ!王国語をお話しになれますのね!」
「シツレイダメ、スコシ、ムスメ、ナラウマシタ」
「ふん、猿人に教えるにはこれが精一杯だったネ」
「ふふっ、とてもお上手ですわ」
一生懸命覚えたのだろう、片言の王国語で歓迎を示す朱南長にクリスティアは両手を合わせて大いに喜ぶ。
朝顔の死を悔しみ、この異国の少女を誘拐してくると朱南長が夕顔から相談されたときは馬鹿な真似をするんじゃないと叱り、絶対に駄目だと諭し、納得させたと思っていたのだが……。
母親譲りの頑固な性格は応竜帝を巻き込むことで目的を達成させるほどの意志の固いもので……皇帝からのお達しとなれば朱南長も渋々だが頷くしかなく。
せめて異国へと連れ攫われるその少女がこの強面の面構えを見ても少しでも怯えずに過ごせ、打ち解けられるようにと心を配るつもりで習った言葉だった。
夕顔はそこまでせずとも大丈夫だと、あれはそんな繊細な心の持ち主ではない、心配のしすぎだと呆れ果てながら簡単な王国語を朱南長に教えてくれたが、まさにその通り。
怯えの気配を一つも纏わせないクリスティアに、そら見たことかと冷めた視線を夕顔は向けている。
だがまぁ、片言の言葉でも喜ばれたので覚えて良かったと満足する朱南長は、挨拶もそこそこに用意していた煌びやかな装飾品のない、炎を身に纏う壁画のような朱雀の絵が描かれた二台の箱型馬車へとクリスティアを案内するとそれぞれに乗り、出発する。
「赤国は乾いた土地柄ゆえにあまり作物は育ちにくいヨ。貿易の要所でもないしネ。だから今、力を入れてるのは観光ヨ。こういった風景は異国の者には珍しいらしいし、前応竜帝時代に重用されてたこともあって古い建物が結構残ってるのヨ」
共に乗った夕顔の案内を受けながら整備されている大通りを馬車の窓からクリスティアが覗き見れば、赤い岩造りの古い街並みが並んでいる。
黄龍国の中で一番貧しいというわりには通りには人通りが多く、それなりに活気がある。
ちらほらと異国の衣服を楽しんでいるのは観光客だろうか……クリスティアが見慣れた容姿の者も多くおり、そういった場所に軒を連ねるのはお土産屋が多いようだ。
この通りは王国で言う所の一等地なのだろう。
ちらりと見た客の呼び込みをしているあの男は確か友人の商会で働く商人だ。
ここにクリスティアが居ると知られるとすぐに情報が友人の元へと向かうだろう。
クリスティアは窓から身を離すと、隠れるように座席へと背を預ける。
「着いたヨ」
馬車に乗って大体10分ほど。
御者が馬の手綱を引く声と共に馬車の揺れが止まり、扉が開くと薄暗かった車内が一気に明るくなる。
先に出た夕顔に付いてクリスティアが扉へと姿を現せば、黒い手袋をした手が差し出される。
「まぁ、ありがとうございます」
「…………」
てっきり前の馬車に乗っていた朱南長がエスコートをしてくれるのかと思ったのだが、そいういのは苦手なのだろう。
夕顔をエスコートした青年がそのままクリスティアのこともエスコートしてくれるようだ。
手袋の先を見れば胸に白い夕顔の咲いた黒い長袍を身に纏ったスラリとした背の高い男性。
風に揺れる黒いショートカットの髪の下で、額から鼻頭までを赤い線の入った狐の白いお面で覆っている。
王国で行われる仮面舞踏会などで仮面を身に付けている者達を見慣れてはいるが、異国の地で、初めて目にする見慣れないそのお面は少しばかりクリスティアの心を驚かせる。
だがすぐにそのお面からじっと覗く黒い瞳の色を見て、クリスティアは驚き以上に懐かしさを感じる……。
生まれ変わるのならばこの懐かしき色をそのままこの身に宿して欲しかった。
前世で見慣れていたその色を恋しみ、差し出された手に自身の手を添えてタラップを降りたクリスティアがお礼を口にすれば、男はペコリと頭を下げるとすぐに夕顔の後ろへと控える。




