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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
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ある妃の死②

「一年前、朝顔が死んだと知らされたのはワタシがラビュリントス王国から黄龍国へと帰った日のことだったヨ」


 それは黄龍国で長く続いた雨の上がった夕暮れ時のことだった。

 王国で売る薬草の在庫が尽き、新しく仕入れるために帰路に着いた夕顔。

 夕顔の営む薬屋は王国で商業街の外れ、裏路地にひっそりと佇んでいるということもあり薬を買うことを知られたくない貴族達にウケが良く、当たるも八卦当たらぬも八卦と謳うわりには当たらなかったことがないので繁盛していた。


 今回も満足出来る売り上げを引っ提げて、自身の生まれ故郷である赤国までの船旅。

 夕顔の旅路は費用が安いという理由でいつも船旅であった。

 どれだけ王国で稼いでいたとしてもだ。


 赤族は前応竜帝時代に多くの者達が重用され、多くの者達が不正に荷担し、多くの者達が現応竜帝に粛正された一族であり。

 四族の中で最も厳しく罰せられ、多くの賠償を他族に支払い、最も貧し国となった、それが夕顔の住む赤国。

 大陸を走る鉄道は旅程が短くて済むものの船旅より費用が倍以上かかるので、選ばないのだ。


「暫く前から続いていた長雨が上がった日の明朝。朝顔が後宮の中央にある溜め池で浮かんでいるのが発見されたのヨ。付近に争った形跡もなく、ぬかるんだ地面には朝顔一人の足跡しかなかったので間違いなく自死であろうと……朝顔は少し前に3歳になる自身の子を同じ池の事故で亡くしていたヨ。入宮してから周りの夫人達に子が出来る中で中々、子が出来ず思い悩んでいたところでやっと出来た初めての子。大変可愛がっていたその子を事故で亡くし気が違ったのだろうと……丁度、二人目を出産した後で産後の肥立ちも悪かったカラ……精神的な不安が重なり不幸が起こったのだと推測されたヨ。だが遺書はなかったネ」


 港へと出迎えた自身の部下から知らされた死の知らせ。

 朝顔は粛正された一族に長らく奴隷のように虐げられていた子で、新しく赤国の長となった夕顔の父の養女になることで賢妃となった子だった。


 四夫人の一人に選ばれたときこんな自分が妃になれるなんてと、しかも自分を助けてくれた人の元に嫁げるなんてと大いに喜んでいた。

 その喜びの中に政治的な意図や思惑などなく、ただ純粋に嬉しそうに幸せそうに後宮へと去って行った後ろ姿を今でも夕顔は鮮明に思い出せる。


 そんな彼女の突然の死の知らせ。

 なにかの間違えではないのかと夕顔が急ぎ邸へと戻れば、黒い忌中の旗が揺れる邸の祭壇に一束の髪の毛が供えられていた。


 遺骨は亡くなった子と一緒にそのまま王宮に留まることとなった。

 だから帰ってきたのはこれだけだと悲しげに背中を丸めた父親の声。

 瞬間的に夕顔の心に怒りが湧いた。

 そして、何故だ!っと気が付いたとき夕顔は叫んでいた。


 幸せになれると言ったではないか!

 幸せになるのだとそう言ったではないか!

 それなのに自ら死を選ぶとは!


 こんな髪の毛の一房が朝顔だとそんな馬鹿な話はない、そんなモノあの子が死んだ証明にもならない偽物だと掴んでバラバラにしてやろうと伸ばした手を父に押さえられ。

 吐けるだけの罵詈を夕顔は物言わぬ遺髪に浴びせ続けた。

 その叫びに混じる自身の声が泣いているだなんて思わずに。

 夕顔はいやに近い場所で……誰かが泣き喚く声がしていると他人事のようにその声を聞いていた。


「ワタシに寄越していた手紙にも確かに酷く悲しんでいる様子があったヨ。でも応竜帝が慰めてくれたと、亡くなった子にいつでも会いに行けるように近くに廟を建ててくれると……もう一人の子を見ると亡くなった子のことを思い出して辛くなってしまうこともあるが、同時にしっかりと守っていかなければならないと思っているとそう書いてあったネ」


 幼い頃の境遇から人一倍愛情に飢えていた朝顔。

 繊細ではあったが応竜帝を心の支えにしていた朝顔。

 子を愛していた朝顔。

 手紙の中の朝顔は自らの命を絶つ様子はなく……確かにこの先に続く未来を描いていた。


「でもワタシは最初、朝顔の死を自死だと受け入れたヨ。どれだけ未来を描いていたとしてもフッとした瞬間に子を亡くした現実に打ちのめされ衝動的になる者は多くいるからネ……そうった者達を薬屋として多く見てきたヨ。大切な者を亡くせば皆、深く嘆き悲しんでその事実を忘れたがっていた……子を亡くすとはそれほど辛い経験だったはず、そして朝顔は子と同じように死んだのからネ」

「ではどうして、あなたは自死ではないと考えを改めたのかしら?」


 俯いた夕顔はまるで懺悔するかのように……両膝に乗せた両手をグッと握り締める。


「一人空いた夫人の座に新しい者を据えなければならないという話が赤族の間で出たヨ。朝顔の二人目の子は暫くは貴妃である蒼龍妃が面倒を見てくれることにはなったがそのままにはしておけないからネ。何名か候補者は出た……だが誰が前の妃の子の面倒を見たがる、自分の子が出来れば……その子を蔑ろにしないと誰が言い切れる。ただでさえ朝顔の出自は問題が多いからネ。残されたあの子を真に憂える者は……ワタシしかいなかったのヨ」


 赤族の中には今だ過去の栄華を取り戻したい者達が多く溢れている。

 朝顔の子を都合良く利用するような愚か者に妃の座を渡し、内乱を誘発するなんて事態は避けなければならない。


 漸く太平になりつつあるこの国で、今の応竜帝に二度目の粛正を起こさせれば……簒奪者の暴君として世間から疑惑の目を向けられてしまうことになる。

 それは新たな争いの火種になりかねない。

 そんなことにはなってはならないと、家格のある家に生まれた定めとして族長となった父に託された思いを受け止め、夕顔は望まずとも国のために妃の座に座ることにしたのだ。

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