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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
呪われた龍の息吹
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15時間前の出来事②

「あの飲み物になにか仕込んでいたのね?流石は薬を調合するとあって味に違和感が無かったわ……一体なんの薬なのかしら?」


 回想を終わらせて現実を見れば自身がすっかり騙されてこの船に乗せられていたことに気付く。

 いや、騙されていたというより操られていたというほうがしっくりくる感覚だった。

 恐らくパーティーで渡されたグラスになにか怪しい薬を一服盛られていたのだろう。

 何処かの事件のときのように味がおかしければクリスティアはすぐに気付いただろうが、夕顔から渡されたグラスからは香りの良い炭酸水の味しかしなかった。


 今思えば良すぎる香りだったのかもしれないが……。


「幻覚作用のある薬をちょっとネ。安心するヨ、一回程度なら体に害はナイ。人から差し出されたモノをそう簡単に口にしたらダメよクリスティー」

「まぁ、あなただから信頼して口にしたのに……酷いわ」

「うっ、そう言われると良心が痛むヨ……悪かったネ」


 来賓として招いた信頼する客人からまさかこのような仕打ちを受けるとは……。

 罪悪感を煽るように広がった袖のドレスで眦を押さえてヨヨヨっと泣き真似をするクリスティアに、胸を押さえた夕顔は素直に謝る。

 緊張感のなくなったこの軽口に乗る感じからして、どうやら夕顔はクリスティアに危害を加えようという気は今のところないようだ。


「それで……一体どうしてこのようなことをなさったのかしら?わたくしは公爵令嬢であり王太子殿下の婚約者という立場よ。誘拐だなんて……重大な国際問題になるとそうは思わなかったの?」

「思わなかったとでも思うカ?ワタシはこの首を差し出す覚悟でオマエを誘拐したネ……だが今、王国ではオマエが居なくなった方が都合がイイんではないカ?」

「はぁ……そうかもしれないわね。では、あなたの望みはなにかしら?」


 クリスティアとユーリの婚約破棄の噂は王国に暫く滞在していた夕顔の耳にも入っていることだ。

 あの可愛らしい平民の子。

 クリスティアに可愛がられていたはずのあの可愛らしい子は恩を仇で返す不届き者。

 だがおかげで、夕顔は難なくクリスティアを連れ去ることが出来たのでそこは感謝している。


 では夕顔が自身の首を差し出す覚悟を持ってまでクリスティアを誘拐した理由とは……一体なんなのか。


「オマエにある事件を解決して欲しいのヨ」

「事件?」

「我が東帝国である黄龍国で起きた怪死事件。暗雲に呪われた前紅龍妃の死を調べて欲しいのヨ」


 真っ直ぐ見据える薄茶色の瞳。

 切実に訴えるその眼差しに、クリスティアは少しだけ考える素振りを見せると意地悪くニッコリと微笑む。


「嫌だと言ったら帰してくださるのかしら?」

「その選択は実に愚かねクリスティー。陸路では消えたオマエを探す検問が敷かれるからと怖くて海路を選んだと……それだけだと思うカ?なにか不足の事態が起きたとき、オマエを捨てるのに便利なのが陸路だと?クリスティー、それは馬鹿げた考えヨ」


 否定するならばそれなりの対応があると言わんばかりに夕顔はフッと笑う。


「オマエの王子様は今、随分と平民の子を可愛がっているそうじゃないカ。パーティーでもパートナーを務めるほどに……オマエ、随分と傷心の身だろう?それはきっと海でも見てその心を慰めたくなるほどに。海は全てを飲み込んでくれるヨ。恋に殉じてその身を波に捧げるのは古今東西ありとあらゆる恋物語が教えてくれている悲恋ネ。だからこそ海にしたのヨ、憐れなクリスティー」


 そう、しかも家門の馬車を帰し、別の馬車に自ら乗り込んで港へと向かうように指示したのはクリスティアだった。

 誰かに連れ攫われたわけではない。

 夕顔は怪しまれてもただこう答えれば良いのだ、店へと共には行ったがクリスティアが一人になりたいからと自ら馬車を呼んで出て行ったのだと。

 御者もその通りだと答えるだろう。


「まぁ、恐ろしいわ」


 この広い海、逃げ場のない船の中でこの提案を断り、価値の無くなったクリスティアは波の中に捨てられて一体何処を揺蕩うのだろうか。


 港から遙かに離れた場所。


 この身を探すことは不可能に近いだろう。


 奇跡的に陸へと打ち上げられたとしても……脳裏に浮かぶのはきっとクリスティアの死を嘆くばかりで探偵には役不足な面々達の姿。


(あぁ、そうなると可哀想だわ……)


 この死の謎を解き明かすことの出来る者が誰一人として居ないなんて。


 無意味にこの命を散らすなんて。


 そんな価値のない死を誰かに残していくなんて……可哀想だ。


 そんな選択はもう二度としたくないと、選択権は与えられても選択肢のない問いの答えを望む夕顔のきっと本気ではない敵意を、クリスティアはただ怯える振りをして静かに受け止めるのだった。

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