とある婚約破棄の噂
「ねぇ、ねぇ、ご存じかしら?」
「えぇ、えぇ、存じています。あのことでしょう?」
ヒソヒソと小鳥が囀るように。
貴婦人達が扇子で隠された口角を楽しげに上げながら今、このラビュリントス王国での一番の噂話を広めている。
「とうとう愛想を尽かされたのだ」
「あの性格ならば仕方がないだろう」
ザワザワと烏合の衆が騒ぐように。
一息吐く暇さえ惜しいと帽子やコートを脱ぎながら紳士諸君は今、社交界に広がるまことしやかな噂話について今後の自分達の身の振り方についてを話し合う。
「婚約破棄だなんて本当でしょうか?」
「ですが私の子の友人が彼女が寵愛されているのを見たと」
コソコソと小さな妖精が惑わすように。
同年代の子を持つ親達は自身の子の友人のそのまた友人が見たという噂話をさも本当かのように囁き合う。
「ユーリ・クイン王太子殿下並びに、アリアドネ・フォレスト嬢のご登場です」
声高々に告げられたこの国の高貴なる王子の登場に頭を垂れながら、その隣に立つ少女へと皆の鋭い視線が送られる。
何処からともなく現れた平民の子。
皆が目を引く可愛らしい容姿の子。
着慣れていない煌びやかなドレスを身に纏い、照れくさそうにこの国の高貴なる王太子殿下の手を取りパーティー会場へと登場するその様に皆の疑いが深くなる。
あぁ、やはりそうなのだ!
あの婚約は無かったこととなるだろう!
その噂が真実であると確信を持って、片やほくそ笑み、片や眉を顰める者達。
だが一様にその瞳に宿された好奇の眼差しはホール入り口、影に隠れるようにして立つ本来、その王子の手を取り現れる筈だった少女へと向けられる。
その少女は取り乱すことはない。
感情を表に出すことはない。
ただ手に持っていた扇子で口元を覆った少女は微笑む合う二人の姿をただ緋色の瞳を細めて見つめていた。




