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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
幽霊屋敷と蝶の羽ばたき
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バタフライ・エフェクト②

「ねぇ、あなたが私と出会ったときのことを覚えている?」

「忘れるはずないよ。僕が君の元へと帰った日のことを、僕はずっと君のモノだったと伝えたじゃないか。だから心配しないで。もし君が打ち首になったとしたら僕も一緒に首を跳ねてもらうから。そして同じ場所に埋葬してもらうよ……もう長い時間を一人で残されるのは御免だ」

「二人で一つの墓穴なんて狭くて嫌よ。大体、これはあなたが語る物語によって作られたんだから。私はあなたを盾にして逃げるわ」

「酷い!僕の物語は君のための物語でもあるのに!」


 人気の小説家にゲームのシナリオを頼めないかと会社命令によってダメ元でアポを取り初めて会ったとき、唐突に思い出した前世の記憶。

 長い時を待って漸く、君の元に帰ってきたのだと締め付けられる胸に泣きながら君に縋り付いた出会い。

 突然泣き出した頭のおかしな男にさぞかし困惑したことだろう。

 それでもポツリポツリと語った前世の話を荒唐無稽だと聞き流さず、空想にしておくには勿体ないし、面白いからとそれを物語シナリオにしようと提案され……前世の友人との約束も果たせるし、会社の命にも添えるし一石二鳥となったゲームは結果として新しく三作品目を作れるほどの人気のものとなり、一緒の時間を多く過ごした二人は今、こうして共に生活する関係になった。


「僕一人が断罪されないために皆を救済しないと。それにこの世界が一種のパラレルワールドなのだとしたら……何処かの世界にいる彼女(悪役令嬢)は誰か大切な人を残して転生なんてしなくて済むかもしれない」


 帰れるという望みを託した悪役令嬢。

 なにかを望んで作品を託した友人。

 そんな人達に、こうして自分は愛しい人に会えたのだということを伝えるためにもこの物語は必要なのだ。

 そうして出来ることならば、なにかが変わった何処かの世界では皆が皆、会いたいと望む人のことをたった一人だけで残すことがなければいいと願わずにはいられない。


 その辛さと悲しみを知る者として。


「バタフライエフェクトね。それが幸せなことなのかは分からないけれど誰かの不幸にならなければいいわ……私達が恩人のための小さな蝶の羽ばたきになれるかしら?」

「勿論なれるさ!だってこうして僕は君に会えたんだから!」


 君の小説を世に出したということ。

 屋敷に謎が残されていたということ。

 悪役令嬢ではなく探偵がいたということ。

 あの腕に傷のある少女の手を取らなかったということ。


 それらは全て小さな羽ばたきだったのかもしれない。

 でもきっと、この世界の君と出会うためのなにかを変えるには十分な羽ばたきであったと確信している。

 そんなことを思いながら男性は、自分に羽ばたきを託したあの友人のことを思う。


『もし君がなんらかの理由で目覚めてしまったら、必ず君を望む人の元へと帰すであろう少女を連れてきますよ。そしてもしあなたが望む人の元へと帰ることが出来たのならば……彼女を悪役令嬢にした物語を作ってください』


 悪行と共に話されていた悪役令嬢の物語。

 その物語を必ず。

 最後に見た彼の顔は縋るような表情をしていた気がする。


(あの人は……そうすれば思い出せるかもしれないと言っていたけど、なにを思い出すつもりだったんだろう?)


 思い出そうとしても何故だか黒く塗りつぶされたようにして思い出せないその友人の顔。

 でも託されたことは確かだから……形に出来て良かったと不格好な猫か犬か分からない4足歩行の動物が描かれた開かれたノートを見る。

 新しい物語はヒロインが過去へと戻り、悪役令嬢を助けるそんな物語。

 自信満々に披露された謎解きが既に知る答えだったと知り、しょんぼりしていたあの子には少し荷が重いシナリオかもしれないが、何故だか探偵には必ずこの少女をと望まれていたのだ。


 その声音に酷く憎しみを湧き立たせながら。


「今回助ける彼女の手首には傷を残しておいてくれてありがとう」

「あなたがどうしてもって言うから仕方なくよ」

「だって実際、そうだったから。なんだかそれは変えてはいけない気がしたんだ」


 きっとあの手首の傷は皆を救うきっかけになるだろう。

 そして意地っ張りな彼女を想う人との大切な繋がりになるはずだ。


「女の手に傷を残してだなんて……あなたってば相当に悪い人ね」

「手に傷があろうとなかろうと……彼女を心から愛する者にとっては関係のないことさ」

「ふふっ、それもそうね」


 例え彼女が醜くあったとしても、それでも彼は彼女を選ぶという自信があるから。

 それはもうずっと僕は君のモノであることと一緒であり、これもまた蝶の羽ばたきなのだと男性は微笑む。


「ねぇ、お帰りなさい。蜂蜜は買ってきてくれた?」

「うん、ただいま。勿論、君の好みはずっと覚えているんだから」


 牛乳たっぷりに砂糖は2杯、そして君が愛して止まない仕上げの蜂蜜を少々。

 今度はカップが空になるまで終わらない休憩をするため文机から立ち上がりコーヒーの準備されたダイニングへと二人は向かう。


 縁側から柔らかい風がそよぎ室内を撫でていく。


 文机にはパソコン、前作のキャラクターグッズ、広げられたノート……そして彼が彼女の誕生日に贈った古い地球儀。


 そんな地球儀の上、二人の再会を見届けていた蝶が休めていた羽根を羽ばたかせて青い空へと飛んでいった。

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