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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
幽霊屋敷と蝶の羽ばたき
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バタフライ・エフェクト①

 古ぼけた一軒の日本家屋。

 広い畳張りの書斎では縁側に向かうようにして置かれた文机の前で一人の女性がパソコンの画面と睨めっこをしている。


 キーボードをカタカタと打つ音が響き止まり、響き止まり……やがてピタリと完全に止まってしまう。

 そして止まると同時に、集中していたので完全に音という音をシャットアウトしていたはずの鼓膜へと、背中越しに聞こえてきたテレビのニュースの音が入ってきたので顔を上げる。


 アナウンサーが今日あった事件を平坦な声で告げている。


 何処かの交差点での事故、数日前から行方不明の学生、強盗事件、殺人事件etc.自身が誰かの不幸せな物語を空想しているせいか現実に起こる不幸せな出来事に気が滅入って深い溜息を吐けば、鼻腔を擽る珈琲の香りに自然と視線がそちらへと向かう。


「良い香り。いつ帰ってきたの?」

「ついさっきだよ、そろそろ手が止まる頃かと思って」

「えぇ、そうね。休憩したかったから助かるわ。ありがとう私の執事さん」


 牛乳たっぷりに砂糖は2杯。

 開かれた書斎の扉からコーヒーカップを二つ持ち上げるようにして書斎を覗いた男性はニッコリと笑顔を浮かべてそれをダイニングテーブルへと置くと女性へと歩み寄る。

 そして腕を上げて背筋を伸ばした女性の羽織っていたピンク色のカーディガンが肩からずり落ちそうになるのを支えると、その手に手が重ねられる。

 互いの指には手作りされた同じデザインの指輪。


「いいえ、お嬢様。あなた様に仕えることはわたくしめの最上の喜びでございます」

「まぁ、大袈裟ね。あなたを執事のようにこき使うなんて、私はなんて酷い鬼嫁なんでしょう」


 おちゃらけた調子で、あなたに顎で使われることはわたくしの誉れですと頭を垂れる男性に、同じくおちゃらけた様子で自身の横柄な態度を反省するフリをする女性。

 この言い合いが冗談であることはお互いがお互いによく分かっていることなので、おかしくなって……額を合せるとクスクスと笑い合う。


 文机の上には先程まで文字を打ち込まれていたパソコン、キャラクターのフィギュア、そして広げられたA4のノートなどなど。

 ノートにはへたくそな猫か犬か分からない悪戯書きと右上がりのくせ字で前作のキャラクター達の名前、シナリオの断片、救済っという文字には二重にも三重にも丸が囲まれている。

 それらはこれからリリースされる予定の物語。

 男性は視界に入るその懐かしい名前達を見つめると不意に複雑な気持ちになる。


「最初はこんなに人気になるとは思わなかったから躊躇わなかったけど……彼女達の名前をそのまま使って本当に良かったのかな?」

「あなたの前世のお話?だったら今更だわ。あなたを救ってくれたはずの悪役令嬢を残虐非道に仕立て上げた私は極悪非道の大罪人よ。恩を仇で返すなんて即刻打ち首だわ……でもあなたがどうしても彼女を悪役令嬢にして欲しいと言ったのよ?」

「それは、そうだけど……」

「探偵のように華麗な推理であなたを救ってくれた恩人なのに……あなたが必要なことだからと泣いて頼むから、私は本当に仕方なく彼女を悪役令嬢にしたの」

「泣いて頼んではいないし、その割りには楽しそうに悪役にしてたじゃないか。僕が言う物語を誇張して……嬉々とした君の描く残虐非道な行いに、僕は何度戦々恐々としたか」


 自分のせいではないのにと首をちょん切られる悲劇を想像して首を押さえる女性に、男性は苦笑う。

 男性を救ってくれた恩人を悪役令嬢にするのは不服だったらしいが、その割には女性が描く悪役令嬢は随分生き生きとした悪役だった。

 まるで見てきたかのように。


「でも僕は君の物語を世に出してもらった恩があの人にあるわけだし……」


 あの幽霊屋敷から外に出られない自分がどうやって彼女の物語を世に出したのか。

 答えは簡単だ、いつもその出来上がった物語を読みに来てくれる友人が居たから。

 その友人は言っていた。


『この物語達を出版すればきっと彼女は喜んだだろうから』


 壊れたオルゴールに新しい旋律を付けながら、そう言っていた。

 最初はてっきり友人であった自身の主人のことを言っているのかと思っていたのだが、それが違う人のことを指しているのだと後から気付いた。


 オルゴールに新しく選ばれた曲は、友人のオリジナルなのかと思っていたけれどこの世界に生まれ変わった今ならば分かる。


 ドビュッシーの小さな羊飼い。


 何故その曲を知っていたのかは分からない、何故その曲を選んだのかも分からない、偶然に旋律が似ていただけなのかもしれない……けれど友人は、オルゴールを直しながらマザーグースの詩を憐れみ深く歌い、一人残された魔法道具の心に刻んだのだ。


 羊をなくした小さな羊飼いに、心配せずとも帰ってくると。

 それはまるで友人自身の心にも言い聞かせるように。


 そんな曲を聴きながら魔法道具は誰かがこの残された物語を読み、喜ぶならばと……出来上がった物語をいつもその友人に託していた。

 今、考えればとても変わった友人だった。


『彼女のことを思い出したんだ』


 ある日突然、嬉しそうに悪役令嬢の話を始めたことも。

 自分が寂しくなるからと自分本位に魔法道具を壊すことを許さなかったくせに全ての本を出版し終わり、永遠の眠りにつきたいと願ったときには一転してその願いを叶えてくれたことも。

 でもあの友人は主人の友人でもあったから、信用したのだ。

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