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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
幽霊屋敷と蝶の羽ばたき
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羽ばたいた蝶③

「シャロン、たまにはあなたからも贈り物を贈って差し上げたらいいわ。商会の仕事を手伝うあなたは忙しいですし、ハリーも殿下の臣下としてそれなりに忙しい日々を送っているのですから。誤解を重ねてすれ違う前に二人できちんと話し合う時間も必要よ」

「……うん」

「あなたが居なくなれば、あなたを探すためにハリーも消えて居なくなってしまうわ。わたくしは嫌よ、大切な幼なじみが二人同時に消えてしまうなんて……胸が痛んで泣いてしまうわ」

「……うん、そうね……分かってる。クリスティーの心の平穏のためにも、いってくるわ」

「えぇ、いってらっしゃい」


 与えられるばかりではなく与えなければ。

 ハリーは本当にリアースに似ているのだから。


 呻る幼なじみの背中を押すように微笑んだクリスティアに、一途に誰かを想い続ける重っ苦しい心は確かに似ていると……。

 完全に自身の過ちを認めたシャロンは渋々立ち上がると、肩を落としながらもハリーの元へと向かう。

 どうして許されるのか分からないのであろうがハリーは大いに喜ぶであろう。

 素直すぎる幼なじみと素直でない幼なじみの仲が良いことが、皆の心の平穏に繋がるとクリスティアはその背を見送る。


「ねぇ、クリスティーは前世で会いたい人っている?」


 そんな二人のやり取りを黙って見ていたアリアドネ。

 今はメイドではなく友人として同じテーブルに設置された椅子に座っていたのだけれども、クリスティアの友人としてもメイドとしても認めていないシャロンが完全なる無視を決め込んでいたので話しに入れなかったのだ。


「……えぇ勿論、会いたい人はいます。ですが会えなくても構わないとも思っています」


 夜中にフッと暗闇の中で目が覚めたとき。

 朝日に照らされる美しいラビュリントス王国の景色を見たとき。

 クリスティアはこの素晴らしい世界を彼と共に見ることが出来ればどれほど良かっただろうかと幾度でも考える。


 考えるけれども、リアースのようにこの世界から消えて無くなってでも彼に会いに行きたいのかと問われると、それは違うと頭を左右に振る。


「だってあの人は寂しかったらきっとすぐにでも会いに来てしまうだろうから、待っていないとすれ違ってしまうわ……それに会えないということは私の居ない世界でも楽しく過ごしているということ。そのほうが私が会いに行くより、彼が会いに来るよりもずっと幸せなことですもの」


 彼はきっとリアースと同じだから。

 美咲が帰らなければすぐに会いに来てしまうだろうから。


(私はいつだって待つしかない)


 だから前世の世界に望むのは、願うのは、どうか彼が幸せでありますようにとそのことだけ。


「会いたいと焦がれるよりも互いが互いの世界での幸せを願えれば、それでいいでしょう?」

「……そっか、そうだね」


 忘れはしない、絶対に。

 だからいつでもこの心の中でその幸せを願い続けるのだと揺らぐ紅茶を見つめるクリスティアに、アリアドネとて今の両親を悲しませてまで帰りたいとは思わないのだと頷く。

 リアースのように一人残されていたのとは違う。

 この世界で出来た大切な人達が、二人をこの世界に留めているのかもしれない。


「それにもしわたくし達がこの世界の寿命を迎えたときに、わたくし達が会いたい人に会いに行けばいいことよ。強く望めばリアース様のようにわたくし達も会えますわ……そうでしょうアリアドネさん?」

「……うん、そうだね!」


 どうやらクリスティアの結末はハッピーエンディングらしい。

 それは時間や世界さえも飛び越える強い想い。

 だから今は考えるだけでいい。

 そして次に会えたときにはこの思いもよらなかった二度目の人生での思い出をお父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも沢山語ろう。


 とびきりに可愛らしい笑顔でいつか会える日のことを思い描き頷くアリアドネを見つめながら、クリスティアは自身の会いたい人のことを想う。

 もし幸せでないのだとしたら彼はきっと私の元へと帰ってきてしまうだろうから……寂しかったですか?といつもの笑顔を浮かべながら。


(そしてそうなったとき、きっと私は……美咲は泣いてしまうわ)


 私が居なくなった世界で彼は幸せではなかったという事実に胸を痛めて……。


 そうなったときに初めて自身が死んでしまったことを後悔するかもしれない。


 あなたを探偵にしなかったことを悔やむのかもしれない。


 だから最後の時には必ず私が会いに行くから……それまで待っていて欲しいと願うクリスティアの耳に、近付いてくる靴音が聞こえてくる。

 誰かが新しい謎をこの灰色の脳細胞に与えに来てくれたのかと期待してそちらを見れば、ミサを肩に乗せたエヴァンが現れる。


「あいたたた、髪を引っ張らないで。ほら、着きましたよ。長らくお預かりしてしまって申し訳ありません」

「クリスティー様!ただいま戻りましたーー!!」


 今日の夕方にミサの定期メンテナンスが終わるから迎えに来て欲しいとエヴァンには言われていたのだが、どうやら予定より早くに終わったらしい。

 早急にクリスティアの元へと連れて行くことを要求したのであろうミサが髪の毛を引っ張っていたエヴァンの肩からクリスティアの肩へとぴょんと飛び移り、抱きつく。


「えぇ、おかえりなさい」


(可愛いわたくしの魔法道具)


 頬に擦り寄り、目一杯の愛情を示すこの小さな魔法道具の頭を撫でながらクリスティアは信じて疑わない。


 いつか私が彼の元へと帰るため、リアースは必ずモルフォの元へと帰ったのだと。

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