羽ばたいた蝶①
「はぁ……」
ラビュリントス学園の図書室。
いつもの場所、いつもの席でいつも通りルーシーの入れた紅茶を飲むクリスティアの前で、机に頬を乗せて元気のないシャロンが溜息を繰り返している。
「モルフォの屋敷はどうなさるのですかシャロン?」
「んーー、幽霊屋敷のまま放置するわけにはいかないしモルフォの屋敷だって分かったから資料館にしようかって話になってる……モルフォはファンも多いから入場料を取っても繁盛するだろうし。屋敷まで続く道も、魔法道具も整備して……はぁ……ネックなのはあの屋敷が作られた理由ね。戦時中に作られた屋敷だから国が広く公開することを嫌がるかも」
そういう訳で中の品物は全てそのままにして、売りには出さないことになったとシャロンはまた溜息を吐く。
不思議なことに、リアースが居なくなると同時に地下の魔力増幅装置はその動きを止めてしまった。
モルフォが残した魔法道具はすっかり動かなくなってしまい、あの幽霊のようなモルフォ本人の映像も見られなくなってしまったのだ。
エヴァン曰くその映像などを復旧させるのは難しいとのこと。
「まぁ、でしたらわたくしがあくまでもクシビア家が自身の魔法道具研究のために使用していた施設だと陛下に進言いたしましょう。ご安心なさって全て上手くいきますわ。整備にはわたくしも出資いたしましょう。モルフォの屋敷ですもの、未来永劫残すべき遺産ですから」
モルフォの屋敷がそのまま残されると知り、うきうきするクリスティアの喜ぶ姿を見れば、これで良かったのだとシャロンは苦笑う。
会えるかどうかも分からないというのに消えた男の心配など……しても仕方がない。
「あの後、うちの商会で最初にあの屋敷にいった人に話を聞いてみたら鑑定士がコレクションルームにある品物を精査するときにサンルームのあの台座にぶつかって地球儀が揺れたんだって……彼は鑑定魔法を使ってたから、その魔力がきっかけになってリアースは目を覚ましたんだろうね」
図書室の窓の外を見れば暖かい日差しの中で恋人達が庭園をいちゃこらと歩いている。
なんだか余計に目に付くその幸せそうな光景に、シャロンは自身の親指に嵌めた指輪をクルリと回す。
「この指輪、二束三文の価値しか無かったわ。誰かの手作りなんだって」
「シャロンったらわざわざ鑑定したの?」
「……だって腹が立ったんだもん!価値があれば売っぱらってやったのに!」
こんな思い出の品物一つ、渡されてどうすればいいのか!
引き留めたシャロンへと譲られた指輪は、全ての思い出に未練がないことを告げるためのリアースなりの意思表示だったのだろうが、知ったことではない。
ブチブチと文句を言いながらもそれを大切に保管するのだろうシャロンに、クリスティアはハリーがヤキモチを焼きそうだとその指輪を見つめる。
「リアースはモルフォに会えたのかな……」
「シャロンはどう思って?あなたが思う結末がきっと彼の結末になるわ」
消えてもいいのだと思えるほどの恋しさを持ち続けた魔法道具。
シャロンの目には彼はずっと人だった。
だからこそ人としての感情を持ちながらも魔法道具として、魔力として、会いたい人の元へと消えていったその納得できない最後に、会えなかったらいいのにという意地悪な気持ちと、会えたらいいと願う気持ちが複雑に絡み合っていて……今日一番の深い溜息を吐く。
「折角、うちの商会で働かないかって誘ってあげたのにさ、薄情な奴よ」
「ホーム商会で働けば将来は安泰ですものね」
あの短い時間の間で随分とリアースのことを気に入ったらしいシャロンに、クリスティアはそれも仕方のないことかとふふっと笑む。
商人として見れば彼は一級の商品だ。
感情を有した二つと無いアンティークドールは、博物館相当の価値であろう。
商人として一流の目を持つシャロンが心惹かれるのも分かるというもの。
それに……。
「彼、ハリーに似ているものね」
「ちょっと止めてよ!何処が似てるのよ!」
ハリーの名前を出されてブスッとした表情を浮かべるシャロン。
どうやらまだハリーと仲直りはしていないらしい。
「自分が消えても会いたいと思えるくらい一途にその人だけを想い続ける人と、誰彼構わず複数人と浮き名を流す人とは全然違うわクリスティー。それにハリーがあたしに付きまとっているのは罪悪感を持ってるだけだもの」
その想いには天と地との差があるとバングルで隠している傷を見つめるシャロンに、クリスティアはキョトンとした顔をする。




