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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
幽霊屋敷と蝶の羽ばたき
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リアースという魔法道具②

「僕は彼女の作品を世に出した後、僕自身が消えるまで……あの装置の中で増幅し残っている彼女の魔力が無くなることを祈って、装置を止めました。けれどいつまで経っても魔力は無くならず……僕の意識はずっとあの装置の中で眠り続けていたんです」


 切なげに自身の掌を見たリアースはその指に嵌められた指輪を見つめ、皮肉に笑う。

 こんな物を残されても意味はないというように。


「本来ならば彼女の作品を全て出版し終えた頃に増幅装置の魔力は消えて無くなるはずだったんです。ネモシュの予想では一度の魔力供給で増幅できる魔力の最大量はこの屋敷を維持するとして大体30年程。それ以上の増幅は出来ず、再度魔力を供給しなければゆっくりと確実に消えて無くなるはずだから気をつけるようにと言っていたので。なので僕が消える前に彼女の残した作品を出し終えることが僕にとって彼女の居なくなったこの長い時間を過ごす意味でした。でも彼女の作品を出し終わっても、30年経っても僕は消えることはなかった。だから装置を止めて、いつ訪れるか分からない、魔力が尽きるその時を意識なく待っていたのに……僕はあの日、突然目を覚ましてしまったんです」


 ネモシュが予想した以上に増幅された魔力が多かったのか、30年経っても消えることの出来なかったリアースは一人残された時間が長くなればなるほど自分が消える方法ばかり考えていた……だからその方法の一つであると信じて増幅装置を止めてもらったというのに。

 無情にもその瞼は再び開かれたのだ。


「僕が目を覚ましたということはこの屋敷に訪れた誰かが僕という魔法道具に魔力を注いで発動したということ、そして連動するように地下の増幅装置が作動したということ……僕と増幅装置は対ですから。僕は僕という魔法道具を発動することになったそのきっかけを探しているんです」


 5日前、眠ったはずのあの屋根裏部屋で再び目を覚まし、地下の魔力増幅装置を見に行けば瞼を閉じる前と変わらず滞留し続ける彼女の魔力に絶望し、そしてリアースは彼女の言葉を思い出したのだ。


「アナはどうしようもなく僕が寂しくなったら、あの遺言を探せと言っていました。彼女の思い出ばかり隠されていましたけど、そこには僕が望む僕が探し求めている物が必ずあると信じているんです」


 目が覚めてから今日この日の間までで変わらずあり続ける彼女の痕跡、それはどれも余計に彼女を恋しくさせただけの物ばかりだった。

 だからこの恋しい気持ちをいい加減、リアースは終わらせたいのだ。


「あなたが探していたのは……あなたの命である魔法鉱石の核ね」

「えぇ、えぇ、そうです。彼女の映像でも手紙でも日記でもなく、僕が消えるために、僕自身を消すために……核を探すためこの謎解きを皆さんに託したんです」


 リアースを構成する魔力の核。

 増幅装置を止めても終わせることが出来ないのならば核を壊せば……リアースはその望み通り消えてなくなるはずだ。


「きっと、彼女が残してくれた言葉には核を隠した場所も含まれているはずなんです。でも見付かるのは彼女の思い出ばかり。彼女はいつもそうでした、与えるだけ与えて困っている僕がどうするのかを見て微笑んでいるんです。だから今回も謎を多く仕掛けて僕が探している物が他の物に紛れて見付からないように、困る方法を選んだはずなんです……僕が消えるための方法を絶対に……」


 彼女が教えてくれた。

 1分間に20回の瞬きをすること。

 胸が温かくなれば嬉しいから笑うこと。

 胸が痛くなれば悲しいから泣くこと。

 そして人はいずれ死ぬこと。


 彼女が死んでから嬉しいと思うことは一つも無く、どれだけ胸が痛く悲しくても魔法道具であるこの瞳から涙は流れることはない。

 そして魔力が残り続ける限り死ぬことも。


 人とは決定的に違うのだと訴えるリアースの、人と同じように残された悲しみと苦しみを感じ、訴える様を見てクリスティアは……モルフォの魔力であり、モルフォの一部であるリアースは彼女の元へと帰りたがっているのだと察する。


「リアース様。あなたは今、本当に消えてなくなりたいのですか?それとも彼女に会いたいのですか?」

「僕は、僕はただ……」


 クリスティアの問いに一瞬、息を詰まらせたリアース。

 その緋色の瞳を見つめ返した彼は迷いなく答える。


「彼女に、彼女に会いたいんです!」


 消えてなくなりたいのではない。

 本当は心の底から彼女に会いたい。

 もう十分だ。

 十分の時間を一人、残された。


 だから会えないのならば……消えてなくなりたい。


 寂しくてたまらなくなるばかりの思い出ばかりしか見付けられないあの謎解きは、リアースにとって苦痛でしなかった。

 泣き出しそうな顔でその寂しい気持ちを誰に伝えることを出来ずにいた彼は今、涙を流せなくても泣いているのだ。

 その寂しさに埋もれた心に……クリスティアは同じように傷む胸を押さえる。

 残してきた者である自分にとって残された者の嘆きは、この胸を締め付けるには十分な悲劇であるから。


「モルフォはきっと……あなたは魔力ではなく感情を有し、その感情を持って生きる人なのだとあなた自身に分からせたかったのね。あなたを残していくことは少し意地悪だわ」

「…………」

「そしていつかあなたが全ての謎を解き明かしたときに、人と変わらないあなたがどんな人になっているのか、どう生きるのかを楽しみにしていたんだわ。謎解きをすれば必ず繋がるあなたの魔力の核をあなたがどうするのかを……あなたに魔力を与えた主人としてモルフォが選ぶのではなく、あなたが人としてあなたの意思でどうするのか選ばせたかったのね」


 モルフォはきっと期待したのだろう。

 彼が自分という主人(魔力)から解放されて自由になることを。

 僕は君の魔力だからと全ての選択をモルフォに従うばかりのリアースの残された未来を彼女は期待したのだ。


 今、リアースは漸く自分が人と変わりない存在になれたのかもしれないと感じる。


 涙を流せなくてもその心は、感情は……間違いなく自分で全てを選択して感じる、悲しんで恋しんでいるものなのだと理解して。

 この終わりを強く望んでいるのもまた自分自身なのだとハッキリと意思を込めたリアースの眼差しを見たクリスティアは、その意思を受け取るようにサンルームの中央に飾られた地球儀の前へと立つ。

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