リアースという魔法道具①
なに!や、そんな!などの驚きの声が皆の口から上がるのをリアースは耳に入れながら静かに瞼を閉じ、開く。
魔法道具である彼には不要のない瞬きだけれども、1分間に20回のその行動はより人間らしくあるようにとモルフォがリアースに教えてくれたことだ。
「そう。この屋敷は巨大な魔法道具なんです。そうであれば、対魔警察が怪しむほどの魔力を感知したのも頷けます。地下の魔力増幅装置と隠し通路にあった管は魔力を屋敷全体へと流しているのでしょう。屋敷に劣化が少ないのもそのおかげだと思います。そしてその魔力はクシビアさん、あなたの姿形を維持している魔力でもあるのでしょう。ここは元々国によって管理されていた森林だったのならば元々は魔法道具の実験をするような施設だったのではないでしょうか、戦時中にはそういった隠された施設が多くあったという資料を王宮の図書室で見たことがあります」
「そ、そんな!30年前の魔法道具がこんな、人みたいに!それくらい前にあったのはせいぜいあの客室の投映機くらいなものです!あり得ません!」
「いえ、30年前ではありません。あの魔力増幅装置の部品は古い物でしたから80年以上は経っているでしょう。ここにある魔力関係の書籍は私がミサを作るときに参考にした本もありました。そして私が特に参考にした書籍の作者は、ネモシュ・クシビア。恐らくネモシュこそがモルフォの親族であり、あなたを作り上げた人なのではないですか?」
「…………」
「あなたは、彼と僕とには血の繋がりはありませんとおっしゃっていましたね。ネモシュは優れた書籍を多く残していますが自身の素性を一切明かさなかったことで有名です。その人となりも性別も、知られていません。ネモシュのことを彼女ではなく彼だと断言したのは、あなた自身が本人を見たことがあるからですよね?」
「そうだわ、確かに『僕と』には血の繋がりはないとあなたはおっしゃった。では『誰か』との血の繋がりを知っているということ。そしてあなた自身には、血ではないなにかの繋がりがあるということ……」
書斎でリアースの話を共に聞いていたクリスティアはエヴァンの推理に納得し、頷く。
ミサのような魔法道具を作れるのは、この世界でエヴァンただ一人だけだと思っていた。
こういう魔法道具があれば便利だとか、もっとこうすればこの魔法道具が便利になるのにだとか……どれだけ皆が想像し望んだとしても、それを現実に魔法道具として実体化することは難しい。
エヴァンが魔具師の天才として名を馳せているのはそういった物を難なく実体化してきたからだ。(とはいえエヴァンが実体化してきたものはあくまで自身に興味があることが前提だが)
そんな天才といわれるエヴァンより遙か昔、80年以上前にこんな精巧な魔法道具を作るなんて……この場に居る誰もが驚く。
「私達があり得ないと思うほど、幽霊に見間違えるほど、あなたは随分と人のようでしたよ。モルフォはあなたのことをよく教育なさったのでしょう……二階の書斎にある書籍の多くは魔法関連の物でしたが、その中にある比較的新しいものは行動や感情を分析するような物ばかりでしたから」
ニッコリと笑んだエヴァンは間違っているところはあるだろうかと、リアースに回答を望むかのように視線を向ける。
その悟るかのように細められた金色の瞳に……リアースは観念したように頷く。
「そうです。僕は彼女の父親であるネモシュ・クシビアによって作られた魔法道具であり、モルフォ……いえ、アナ・クシビアの魔力によって完成した魔法道具です。あの寝室の写真に写るのは僕の父親でもなんでもなく、僕自身の姿です」
そういってリアースがパチンと指を鳴らすとコレクションルームに飾られていた全ての魔法道具が動き出し、電気が点いたり消えたりと点滅する。
そして何処かに飾られているオルゴールからは、曲が流れる。
その曲に……クリスティアは一瞬、眉を顰めながら唇を開く。
「……リアース様。魔法道具であるあなたは魔力で解ける隠し場所は容易に解くことが出来たけれども魔力で解けない隠し場所は、解くことが難しかったのですね」
「そうです。魔力は僕そのものですから。とはいえ魔力がなくともなんとか解いた謎もありますし……それほど多くの謎を隠していたとは僕も知りませんでしたから。知っていたとしても、全て見つけ出せなくても、僕は満足していたでしょう。それに僕は彼女が……アナが亡くなってから彼女の作品を世に出し始めましたからそれほど暇でもなく。作品を出し切った10年前には動くことを止めてしまったので、探しさえしなかったんです」
「まぁ、でしたらモルフォの作品は……」
「えぇ、全て彼女が亡くなってから僕が登場人物を書き加えて出版しました。彼女が亡くなってもう随分と長い時が経っています。彼女は自分の作品が世に出ていることすら知りません」
そうなるとモルフォの作品は30年前に出版されたものが最初の作品となる。
そのときには彼女は既に亡くなっていたということだ。
 




