第一発見者②
「まぁまぁ、この事件の担当はニールがおなりになりますの?」
ニールの顔を見た瞬間パァっと明るく輝くクリスティアの表情。
死体の第一発見者にしては落ち着いているというか……あの血塗れの惨状を見れば年若い子ならばもっと動揺して気が触れていてもおかしくはなさそうな状況だというのにそういった様子のないクリスティアにラックが訝しいといった鋭い顔を向ける。
「えぇ、お久し振りですね」
「知り合いですか警部?」
「まぁな」
「あら、そちらの方は初めて見るお顔ですけれども新人さんかしら?ご紹介いただけます?」
苛立たしげなユーリの隣から逃げるようにして立ち上がりニールへと近寄る青色のドレスの少女。
情報にあった第一発見者のクリスティア・ランポールの麗しい、殺人とは似つかわしくない華やかであり可憐な容姿と、それとは対照的に力強く好奇心に満ちた輝く瞳に……。
己の灰青の瞳と絡み合った緋色の全てを見透かそうとしてくる視線にラックは圧倒されたじろぐ。
「うちに新しく配属されたラック・ヘイルズです」
「まぁ、顔色が酷くお悪いですわ。ハリー、鞄を取ってくださいな。ありがとう。ヘイルズ様よろしかったら両腕をお出し下さいませんか?」
「えっ?腕を……ですか?」
ラックの青白い顔色になにかを悟ったらしくソファーに置いていた小さな鞄をハリーから受け取ったクリスティアはその中から中指より少し大きいサイズの陶器製のスプレーボトルの小瓶を取り出す。
戸惑い気味にニールを見れば大丈夫だというように顎でしゃくられるのでラックは怖々ながら両腕をクリスティアへと向かって差し出す。
そのラックの両手首へとスプレーを二度ほどシュッシュッとクリスティアは振りかける。
そして自分の手首を鼻へと近付かせるようなジェスチャーをしてニッコリと微笑むのでラックも釣られるようにして自分の手首を鼻へと近付ける。
すぅっとそれが一連の動作であるかのように空気を吸い込むと鼻から肺へと染みこんでいく甘く花のような芳しい香り。
鼻にこびりついて取れそうになかった鉄臭い匂いを全て消し去るその素晴らしく良い芳香に、青白かった顔色にみるみると生気を戻したラックは感動して瞳をキラキラと輝かせる。
「良い匂いですランポール公爵令嬢!僕、ラック・ヘイルズです!階級は巡査部長となります!よろしくお願いいたします!」
「あらあら、宜しくお願いいたしますわ。わたくしのことはどうぞクリスティーとお呼び下さいヘイルズ様。よろしかったらこちら差し上げますのでお持ちください」
「えっ!?で、でも……事件関係者から物を頂くのはその……欲しいんですけど……でも……!」
「わたくしからでしたら構わないでしょうニール?ここだけの秘密に致しますし殿下もハリーも問題にいたしませんでしょう、ねっ?」
「あぁ、私は構わない」
「この国の王太子殿下が構わないというなら問題ないでしょニール。彼、顔色酷かったよ」
「はぁ……これで便宜をはかったりはしないからな」
「それは勿論ですわニール。こんなことで便宜をはかられたらわたくしへの侮辱ですもの。ほら皆が構わないと言っているのですから遠慮なさらないで、自邸に帰れば同じ物がありますから。事件の捜査でお疲れになるであろうあなたのお心の細やかな癒やしとなればわたくし嬉しいですわ」
「あ、ありがとうございますクリスティー様!嬉しいです!僕のこともどうぞニール警部同様にラックと呼んで下さい!」
第一発見者が第一容疑者などと愚かなことを誰が言ったのか!
こんな華美で豪奢な邸の夜会に出席するような貴族なんて特権を誇示した気位の高い扱い辛い令嬢に違いないと反感を持っていたが、とんでもない。
凄惨な事件現場に顔色を悪くしていたラックの心情を察して気を遣ってくれる爵位を鼻にも掛けないクリスティアの無邪気な笑顔と差し出された小瓶の優しさに、大感動でそれを宝物のように受け取り直立不動で敬礼をするラック。
尻尾をぶんぶん振り回し子犬のようにクリスティアに敬服するそのラックの姿に、先程まで第一発見者がどうだとか怪しんでいた気持ちは何処にいったのかと階級までハキハキと喋る変貌っぷりにニールは呆れる。
これは相手がクリスティアだから許されることだ。
しかも王太子殿下の許可のもと便宜は図らないという確約があるからいいものの他の誰かからなにか物品金品を貰えば停職もしくは解雇だ。
酷い顔色をしていたのが大分マシになったので強くは言わないが、それがどういった意味を持つのか知らずに恭しく受け取るラックにはあとで重々釘は刺しとかなければならないなとニールは溜息を吐く。