寝室①
特に実りの無かった書斎の捜索を終えて移動した寝室。
陰鬱とした空気が立ちこめている中で、その陰鬱とした空気を撒き散らしているハリーはわざとらしく、誰かに訴えかけるように、それはそれは深い深い溜息を何度となく吐く。
「はぁ……俺はただ誤解を解こうと思っただけなんだ……シャロン以外の女の子達とは交流があったとしても上辺だけ。俺がシャロンを好きなことは周知の事実なわけだし……それを知りながら近寄ってくる子なんて不誠実そのものなんだから、こっちが同じような心づもりで相手にしたって問題ないでしょ?あれ?ここ開かない……」
「えぇ、そうねハリー」
呟くように言い訳を並べながらぶつくさと、開かない引き出しをガタガタ揺らし、一応は手を動かしながらもそれ以上に口を動かすハリー。
クリスティアは先程からそんなハリーの言い訳など、どうでもよさげに生返事を繰り返して聞いているフリをしている。
「なのにシャロンは怒って……心にも無い謝罪はしないでって意味が無いって……俺が気を持つように仕向けたこととそれをなんとも思っていない態度が問題だって……相手の女の子達にも失礼だって」
「まぁ、そうなのねハリー」
「もうバングルもいらないから作って寄越さないでって言われたんだ!どうすればいい!?俺、新しい材料とか色々と買ってるし!贈るのがバングルばっかりだったから飽きちゃったのかな!?でもバングルは俺にとってはシャロンとの思い出を示すものであって!もう趣味みたいなもんだし、いらないって言われても作っちゃうっていうか!だってシャロンを愛してるんだ!」
あっ、これ新しく作るバングルの留め具に似合いそうっと別の引き出しの中にあった楕円のブローチを手に取りながら、もういらないと言われたバングルの装飾品を自然とハリーは探している。
シャロンへの愛を声高々に宣言したところで当の本人はいない。
それをクリスティアに訴えられたところで……右から左へ流れていく真実である。
「それは残念ねハリー。先生、そちらの本はどういった内容なのですか?」
「魔力の増幅についての書籍ですね。寝室には魔力関係の本が多いようです」
「……ぜっっんぜん聞いてないよねクリスティー!?」
あの言い合いを見てなにか慰めの一言でもあるべきではないのか!
傷心中の友人を気遣うべきではないのか!
目の前の謎解きに夢中でハリーなど眼中に入れていないクリスティアに、薄情だと両手で顔を押さえて泣き真似を始める。
それがあまりにも悲劇的に鬱陶しく喚くので、クリスティアは仕方なしに捜索の手を止める。
「ハリー、シャロンは商人として人を大切にすることを信条としていることは分かっていたことでしょう?それがどんな相手であろうとも。シャロンが大切にしている人というものをぞんざいに扱えば当然怒ることは……あなたも理解をしていたのでしょう?」
「……うん」
「ならなにを言ったところで、非はあなたにあるのであって……どんな慰めの言葉もあなたの失恋を癒すことはないわ。潔く受け入れなさい」
「そうだけど!もうちょっと真摯に聞いてくれる!?あと失恋っていうの止めて!まだフラれてない!」
四柱式ベッド横にある安楽椅子に身を寄せて容赦の無く自分がしでかしたことがどういったことなのかを突きつけるクリスティアに、大きく頭を振り受け止め切れないと必死に否定をするハリー。
あの状況では起死回生の一手もなくフラれているのではないかという疑問をエヴァンが思わず言葉に出そうとするが、すんでのところで飲み込む。
ハリーはシャロンに人生を捧げてきたようなので、その事実を口に出すのは酷だろう。
「このままシャロンに嫌われたらどうしよう……俺、生きていける気がしない」
「あなたってば大袈裟ねハリー。安心なさって、シャロンの将来はわたくしが責任をもって幸せにしてさしあげるわ。それこそあなたのことなど翌日には忘れるくらいに。あなたの墓前には一ヶ月に一度は訪れお花を供えに行ってあげるから、安心して安らかにお眠りになって」
「酷い!クリスティーには人の心がない!君は悪魔だ!」
「まぁ、お褒め言葉をどうもありがとうございます」
「褒めてないのに!」
「あははっ!」
ばっさりとハリーを切り捨てるクリスティアの清々しき笑顔にエヴァンも大いに笑う。
赤い悪魔という異名をクリスティアが付けられて何年経っていると思っているのか……。
非難轟々など、どこ吹く風のクリスティアに歯を噛み締めて恨めしそうな顔をするハリーは、肩を震わせ笑うエヴァンへと矛先を変える。
「エヴァン先生はこういうときどうしますか!大人として憐れな子羊をお助けください!」
「私ですか?あまりしつこく付きまとうとストーカー罪で訴えられるとだけ忠告しておきます」
「うっ!」
尤もな忠告を追撃されて、胸を打ち抜かれたハリーは両肘を付いて蹲る。
皆、酷い……優しくない……。
慰めるという言葉を知らないこの人達には人の心がないのかな?と本気で思う。
「ウエストくん。例えあなたがフラれたとしても、彼女がこの世界に生きて存在していることに満足するべきです。クシビアさんのように二度と会えずに一人残されることのほうが……辛く苦しいことなのですから」
もう二度と会えないモルフォの姿を追い求めて屋敷の中を一人彷徨い、必死になって残された痕跡を捜しているリアースのような者こそ憐れむべき対象だ。
だってきっと彼は例えモルフォが残したなにかを見付けたとしても満足はしないだろうし、その心にある寂しさは埋まらないだろうから。
むしろモルフォがいないという事実を改めて突きつけられて、絶望するかもしれない。
フラれたことが決定していることに異を唱えたいが、相手が死んでいないだけ自分のほうがマシだとエヴァンに諭されれば……ハリーも黙るしかない。
「もしあなたが彼女と望むような関係になれないのだとしても……彼女が楽しむための世界をあなたが作ってあげればいいじゃないですか。その事実を彼女に知られなかったとしても、彼女が幸せならあなたも幸せになれるのでしょう?」
「……はい、それは勿論」
確かにその通りだと項垂れるように頷いたハリーにエヴァンはニッコリと微笑む。
それが愛というものだ。
押しつけるばかりではなく与え差し出し、そのことに気付かれないのだとしても……無償であるべきなのだ。
「では、申し訳ないのですが少し気になることがありますので席を外してもよろしいですか?」
「気になること……ですか?」
「えぇ、それを確認してから私はコレクションルームへと向かいます。お二人はまだ寝室を捜索されるのでしょう?」
「えぇ、まだ……畏まりましたわ。エヴァン先生もお気を付けて」
「えぇ」
去って行くエヴァンの後ろ姿を見ながらハリーは肩を落とす。
誰も慰めてくれないので自分で立ち直るしかないのだ。




